Plants界:無人庭園@博多実家 改め 地上庭園@福岡市南区老司

2022年4月25日 (月)

Roji園芸リポート 2022春の帖

毎日毎日、庭仕事に精出してるんですが・・・(テレワークの合間に💣)。

 

以下は2022.04.06撮影。

 

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順に、
フリージア(黄)
フリージア(赤)
ラッパスイセン「ウォッチアップ」
クリスマスローズ「琴音/ことね」
ハナニラ/イフェイオン「ジェシー」
ハナズオウとマンリョウ

 

ウォッチアップと琴音とジェシーは新しく入れたもの。
ウォッチアップは、前からある白ラッパ(多分マウントフッド、どうせ)の代替として試験的に導入したものだけど、ラッパが妙にひょろ長い感じで花形はあんまり好きになれない。白色度もやや低くて、ごくごく淡いクリーム色が最後まで残る感じ。でもいろいろ調べていたら、白ラッパは丈夫な品種があまりないそうで、今後要検討。
ハナズオウは昔お隣にこの木があって、そこからのこぼれ種で増えたもの。マンリョウはもう雑草状態で軽く30本ぐらいあるけど💧、この個体だけ実が大きめで色味も明るめ。大実品種「宝船」の血を引いているんじゃないかと想像。

 

姪っ子曰く「なんかスペインっぽい」とのことで、「パルケ・エスパーニャ・デ・ロージ」と命名、なんて。

 

お次は2022.04.23撮影。

 

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紅いツツジは大きく大きく育てるために、植え替えを計画中。剪定も無駄枝を取り除く以外、敢えてやってない。別の一角に巨大な植え穴を準備中で、とうとう1年経っちゃった。一体いつになることやら。次姉邸から2020年秋に拝領した濃色のダッチアイリスも見頃(1球分欠けちゃったけど)、1年前植えた紅梅「鹿児島紅」の生育も順調。
2019年秋、東京を去る直前にサカタのタネの横浜の店で買ってきたコーラルピンクの芍薬(品種名忘れた)もだんだん力がついてきた感じ。この日は天気がよくなかったせいか、花が閉じ気味で花芯も隠れてますが。後ろのサルスベリ(白花)は勝手に生えてきたもの、今回はそこそこ強めに剪定しました。

 

そして昨日、遂に。

 

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はーあ、この色合い!まさに艶麗と言うにふさわしい。中国の清代あたりの宮廷画に出てきそうな風情。妬みを買いそうな姿かたち。旗弁が立つようになったのは株に力がついてきたからだろう。

 

以上、2022年の春をお届け。

2022年4月 2日 (土)

スイセンガーデン、ほぼ復活!

えー、骨折しちゃった右足首(こんなblog書いてっから天罰が下っちゃったんだというもっぱらの噂😆)のその後の経過は大変順調でありまして。1月末に退院した時はもちろん松葉杖をついてたんですが、それもあっという間に両松葉から片松葉(ご存じ?右足を痛めた時は左側で松葉杖を使うのよ。結構意外だった)に変わり、それも2月上旬のうちには完全に解放されてしまいました。

自宅近くのクリニックに週3ペースで通ってリハビリに勤しむ毎日。スクヮットやら何やらかんやらの自主トレにも励んだ結果、歩行は前のように普通にできてるし、階段も昇り降りともできるようになった!階段って、昇りはすぐできるようになったんだけど、降りの方は2週間ほど遅れました。右足首を深く曲げることができるようになるまで、一段一段、両足を揃えてから降りる感じがちょっと続いたので。

 

退院してからは、毎日お風呂に入ること(シャワーで済ませるんじゃなく)も日課になりました。足をモミモミしつつ。カルシウム&鉄分入り牛乳も毎日ぐびりぐびりとやってます(たまにはお酒も)。

 

シゴトの方は入院中からずっとテレワークが継続中。これは足を怪我したからというより、コロナの新規感染者数が福岡県内でも毎日2千人以上という状況が続いてるから。千人以下ぐらいまで減ればねえという話を先日も上司としたばかりです。
ま、テレワークで取締役会事務局の業務をこなすことぐらい屁の河童よ。そろそろ、会社に自分の机がなくなるのとオミクロン株流行が終息するのとどちらが早いんだ、てな感じになりよりますが(笑)

 

で、テレワークをいいことに、まー庭仕事がはかどるのなんの(謎)。退院当初は寒空の下、松葉杖つきながら草取りしてましたもんww。早春のうちに除草に精出しておくと、あったかくなってから差がつくのだよ。
もう脚立に登って槙の木の剪定なんかもやってます(医者には言ってないが)。刈り込みじゃないのヨ、手間のかかる枝透かしなのヨ!!

 

昔から好きで作っているスイセンも、2019年秋のUターン以来、少し新しい品種も加えつつ、今んとこ13種類。2020年春、2021年春、2022年春と毎年調子が上がってきて、3年目にしてやっと開花率9割以上に。往時の輝きを取り戻しつつあります(T^T)

 

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単なる記録写真になっちゃってますが、実際にはもっとボリューム感ある様子で咲き誇りました。この花壇には基本的に春のスイセンだけしか植えないという贅沢ガーデニング💖(アンチチューリップ派である)。

とは言え、十分注意して品種ごとに列植したつもりでも、ぽこぽこ植え間違いがあって別の品種が混じり込んだりしているので、そこはご愛敬(汗)。植え直さにゃあ。

 

あ、でも脇役に青いムスカリも入れてるんだった💦。これはいつの間にか勝手に庭に生えてきたもの。いずれはイフェイオン(ハナニラ)の濃青色の画期的新品種「ジェシー」に取り替えるかもしれませんがね。ただ今増殖中。

 

家にあるスイセンの中でとりわけ気に入ってるのはピンクスイセンの「ロマンス」↓。白い花弁にカップがサーモンピンクに染まる上品な品種、遅咲き。

 

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ど真ん中に1輪だけ写ってるやつ。今ではピンクスイセンももっと色の濃いやつも出回っているけど(というより園芸店なんかでは「ピンクチャーム」一辺倒の感)、ロマンスはカップ先端のフリルがあまり目立たず、シンプルで柔らかく優しい雰囲気なのが気に入ってます。
奥に写り込んでいる黄色いのは新たに導入した「ピンパーネル」。カップのオレンジ色が、特に咲き始めは見事なミカン色に発色するのがいい感じ。あまり丈夫じゃないようですが。

 

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【2022.04.25 追記】

 

だんだんまともに咲くようになってきたやん、と一人で悦に入ってたら、9年前、2013年春のロマンスの画像が出てきまして。

 

花ざかり

 

今よりたくさん咲いとるやん😱
まだまだがんばらにゃいけんてことやね。
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現在狙っているのは、ラッパ咲きのいい品種。前に試験した時は「パスターナック」が見事だと思ったんだけどなー、なかなか今は入手できなくて。厳密にはラッパスイセンじゃないけど、丸弁の「キャメロット」の完璧な花形も大好きっす(花茎の伸びがあまりよくないのが惜しいが)。現在持っている黄ラッパは「エクセプション」、これがちょっと田舎臭くてねー💨。
黄色花弁に白色カップのいわゆる「逆色」タイプのラッパスイセンも欲しいんだよね。「スペルバインダー」とか「デイドリーム」とか。

 

ご近所の人にはよく声をかけられます。今や春花壇と言えばどこのおうちもカラフルなチューリップとパンジー/ビオラばかりで、黄と白と青だけの構成というのも意外に新鮮に映るのかも。

 

さて、次回は遂に「もうやめようよ、ご当地キャラとか。」本編の「その259」が登場しますっ!

2022年2月23日 (水)

【新春編(遅ればせの)】二昔前へのタイムスリップ - 鯉ねがわくば ふたたびの

【前口上】

 

2ヵ月近くぶりに、再開です。お蔭様で経過は良好。もう松葉杖も使ってないし。テレワークとリハビリと庭仕事に励む日々。お外はまだまだ寒いけどねえ。

 

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(承前)

 

cf.
2012.02.20「飛梅(わたしも一夜で飛んでいくと言った)」

 

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そして時は流れ去り、1999年6月に父親が亡くなった後、空き家となるこの家の錦鯉たちをどうするかということは再びなかなかの大問題になった。一族郎党、思案投げ首していたんですが・・・
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今回はその顛末記。

 

以下は、当時東京住まいだったツルが親しい友人たちに宛てて書いていた、2週間に1度の週末博多帰省の報告メール、「帰福日記」より。入院している父を見舞ってたんです(この時にはもう他界していたけど)。取っといてよかったーww。登場人物の名前は適宜いじってあります。

 

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(1999.08.31 メール)

 

件名: Anecdote 1: 錦鯉

 

ここからはそうそう平凡じゃないかもしれない、これがほんとの「うらぼん日記」。

 

懸案事項がひとつ解決しました。14匹の錦鯉のヨメ入り先です。何といっても生き物だし、今は毎週誰かが餌やりに行ってるけど、これもずっと続けるのははっきり言って無理だし、どうしようという話になっていました。

 

いつも買ってた錦翠園という錦鯉屋さんも、引取りはしてないって言うし。錦鯉に関する父のお師匠さんも、自分の所は一杯だとおっしゃるし。そりゃそうだよね、鯉を飼おうという家なんてそうそうはなかろうし、飼ってるところは密度一杯まで飼ってるだろうし、タダでも引き取ろうというところはなかなかないでしょう。

 

鯉屋さんいわく、ライオンズクラブに頼むと、どこぞの川に放流してその後餌やりを引き受けてくれるそうな。でも、「川」なんてねェ。あるいは、家のすぐそばにある老司大池という潅漑用池に放そうかという話にもなっていた。つまりは話が行き詰まっていたわけ。

 

起死回生のヒットを放ったのは姪の結衣ちゃん。高2の彼女が言い出したのが、太宰府天満宮の境内の池!そんなのどうせ無理だろうと思って僕が電話したら、ご奉納はありがたくお受けしておりますとのこと。ラッキー!

 

ただ、さだまさしの歌(「飛梅」)にもうたわれている、一番のメインの「心字池」はただいま大改修工事中で、そこにいた鯉やら亀やらは全部、上の方の「菖蒲池」に仮住まいの身分。心字池の工事は年内一杯かかるそうで、完成後に(全部かどうか知らんが)戻すそうです。

 

ほんとは新しくなってから心字池に放流をと思わないでもないけど、それじゃ福岡の姉たちが餌やりなどで大変だろうからということで、次の帰省を9/10(金)夜~12(日)夜にして、土曜の午後に放しに行きます。もちろんお宮さんの立会いのもとで。

 

父の可愛がってた鯉が、あの太宰府天満宮に泳いでいる!それって、なんか、いいでしょ。初詣での楽しみも増えそう。うちの家紋が梅鉢のせいかどうか、太宰府には昔からなんだか特別な親しみがあった。いいとこに決まってよかったよかった。一同みんな、満足しています。今年のゴールデンウィークに買った、宮田センパイの紅白鯉も一緒に放しますよ。
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実は姪っ子は、心字池の大改修開始の記事が新聞に出ていたのを数日前に読んで、それが頭に残っていたらしい。

 

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(1999.10.24 メール)

 

件名: 錦鯉サン、またね。

 

以下は、随分旧くなっちゃったけど、9月の帰福日記その2。
父が遺した錦鯉を太宰府に納めに行った時の物語。下書きつくって出すの忘れてました。それだけ精神的リハビリが進んじゃったわけだよね。ミクロネシアもとっても楽しかったし。

 

9/11、土曜日の午後に太宰府天満宮で錦鯉の奉納をしてきました。残念ながら太宰府奉納の発案者たる姪の結衣ちゃんは欠席。高校の文化祭が近いので、ブラスバンド(クラリネット)の練習をはずせないとのこと。行きたがってたようですが。真紀ちゃんと隆平くんは出席。

 

3時に錦鯉屋の錦翠園のご主人が到着。14匹の鯉の輸送準備をしてもらうため。発声一番、「随分大きくなりましたねえ」との仰せ。5月に宮田センパイと父と3人で買いに行った紅白もすっかり育ち、大きさではあまり他と見分けがつかないほどになっていました。十分な餌もやってなかったはずなのにねえ。

 

まずプラ製の籠のような箱のようなものを池に入れる。スーパーの買物籠を4倍位にしたようなもの、と言ったら近いかな。この籠に鯉を1匹ずつ網ですくって3~4匹まで入れて、それからでっかい丈夫な透明ビニール袋を二枚重ねにしてこの籠の中に差し入れ、そうっと水ごと鯉を入れるわけ。こう言うと簡単そうですが、相手は生き物、この籠からすぐにバシャッと何度も何度も飛び出しては池に戻っていく、元気な暴れん坊のやつらでした。

 

何より、この籠の中に入れると、池の中にいた時より一層大きく見える。内側に目盛が切ってあり、大体の体長が判るようになっているのですが、大きいものでも30センチあるかないかと思っていたのが、軽く40は超えてるだろ、てな具合でこれにはちょっとびっくり。

 

数匹入れたあと、鯉屋さん持参の酸素ボンベで酸素を満たし、輪ゴムで厳重に止めて一丁上がり。これを全部で4つ作りました。えっと、因みにタダじゃない。2万円也。業界の申し合わせでこういうのは3万円のところ、うちはお得意さんだからということで負けてくれたそうで。ま、例のフィルターも30万はしたはずだから、そりゃ上得意だよなあ。水の消毒用に使ってた粗塩の20キロ入りの袋が一つ、封を開けないままになってたので、これも押し付けちゃいました。そして次姉の車のトランクに4つのビニール袋入りの鯉を入れました。鯉屋さんはここまで。

 

その日は天気がよくて大変蒸し暑い日だったので、すぐに車2台で太宰府天満宮へ。つまり、水温が上がらないようにということ。お宮にはあらかじめ連絡済みだったのですが、丁度その日は境内で市が開かれていて、賑わってました。立ち会っていただいたお宮の人にはけっこうご迷惑だったかも。

 

裏から車を回して「菖蒲池」のすぐ側までつけます。
4つの袋をトランクから出します。
水も入ってるし結構重い。女性の腕ではちょっと無理かな。
池の回りには低い柵があるのですが、これを僕がまたぎ越えて水辺まで降り、
義兄に袋を渡してもらい、ひと袋ずつ水に浮かべて口のゴムを開け、静かに放しました。
水はお世辞にもきれいとは言えない濁った水なのはしょうがない。
今までは浄水機つきの澄み切った水に棲んでたから、鯉たちはちょっとびっくりしたかな。
そのままツイーッと泳ぎ出ていくかと思ったら、そうでもなかったみたい。
結構すぐ近くの底の方で数分ほどじっとしてる影がうっすら見えていました。
まあ、鯉は丈夫な魚だから、慣れれば大丈夫でしょう。

 

菖蒲池には亀もけっこういるのですが、その中で一匹、結構大きいのが寄って来て、ひどく興味ありげに見ていたのがなんだかおかしかった。ビニール袋に鼻先がぶつかるまで寄って来る。そうして放流が済むまで、そばでじっと見守っていたのであった。ツルと亀と鯉が出会った、そして別れた瞬間。写真ももれなく撮ってあったりする。

 

その後で社殿にお参りしました。お賽銭はちょっと奮発して五百円玉を投げたのは、お参りがあとさきになったおわびと、そしてもちろん、鯉が長生きしますようにと。

 

5月に訪れた際には何でもなかったのに、今回、社殿前の楼門が大改装中、完全に白布で覆われていました。一応下は通れるのですが、なんだか白布のアーチをくぐってるよう。観光客はがっかりするでしょうね。11月には終るそうだから、初詣には間に合わせるわけだ。

 

本当は鯉を放すはずだった、さだまさしの歌で有名な例の心字池も大変なことになっていた。水を干し上げて、ブルドーザーが2台入って底の泥を浚渫中。だからここに棲んでた鯉や亀もいま菖蒲池に避難中なわけやね。岸辺もコンクリートユニットなんかも使って補強するようで、水の浄化装置もつけるように見えました。これも12月竣工とか。そうなったら鯉なんかを戻すわけ。今度はおそらく美しい水の中で、うちから嫁入りした鯉に再会できるかもしれません。

 

本殿に近いところにはもう一つ別の小さな細長い池があって、ここには澄んだ水が流れている。ここの鯉は業者から借りているので、ここには放流できないとはあらかじめ電話で聞かされていました。と仰るからにはどんなありがたいお鯉さまかしらと思って見てみたら、けっこう駄鯉(ごめんなさい!)が多い!ただ大きくて太ってるだけ、みたいな。色も柄も全然ぱっとしない。家族全員、こんなのだったらうちのをここに入れた方がずっとましやん、なんて罰当たりなことを言い合いましたとさ。父の薫陶を受けた(!?)錦鯉観賞家として、僕は客観的に見たんですけど、同様に思ったね。

 

その後、次姉お奨めのさる茶店で太宰府名物梅ヶ枝餅をいただいて帰りましたとさ。ああよかったよかった。

 

帰る道々思ったのだけど、太宰府天満宮という歴史の古いところに奉納したことによって、僕らの頭の中ではあの鯉たちも永遠の生命を得たような、そんな気がしています。たとえば僕が父の歳くらいになったとしても、例えば天満宮に観梅に行った時に、父の鯉はいないかと、きっと心字池にかかる太鼓橋の上からその姿をさがすことでしょう。

 

こんなわけで、いざ太宰府の放流記は終わり。書籍や衣類の整理はちっとも進みませんでしたとさ。
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♪心字池にかかる 三つの朱い橋は
 一つ目が過去で 二つ目が現在

 

御鯉様様やな。参拝客も多くいる中、「なになに?」状態の人だかりになってたっけ(笑)。
この時ツルは36歳だった。父親が宮崎の上椎葉村までダム建設の慰霊碑の案文の着想を練りに行ったのとほぼ同じ年齢だったのねえ(cf. 2012.12.19~22「上椎葉ダム慰霊碑のこと」)。この時、父親が亡くなって早三月が経とうとしていた。肩の荷が下りました。

 

立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとしきかば今かへり来む
     中納言行平

 

そしてまた矢のように20年が過ぎ去り、縁あって福岡に戻ってきて、今住んでいるこの家の庭には、鯉の入っていた池が今もある。今は水を抜いてしまったその池を見るのが少し悲しいです。往時の庭の有様を取り戻し、もっと素敵なものにするために、園芸おたくのツルはそれこそ週末ごとに朝から夕方まで庭仕事ばっかりやってます。もう雑草だらけなんて言わせない。ヤマモモの大木もクロガネモチもモミジもキンモクセイもマキも梯子をかけて剪定かけて、だいぶ姿が整ってきたし、念願の八重紅梅「鹿児島紅」も植えてもらいました(3年前に台風で根元から折れて復活しなかった一重白梅の後釜;でも着生させていた風蘭は救い出して、もう一本の白梅「大輪八重緑萼」とマキに付け直しました)。雨が降ったら降ったで、カーポートの屋根の下であくせく土作り。
池に落ちた木の葉の掃除をちょっと怠っていると(こらこら)いつの間にか少し雨水が溜まっているような場合もあり、先日庭いじりをしてて割と大きな水音が聞こえたので何事だろうと思って見に行ったら、なんとカササギが水浴びしてました。とてもハンサムな鳥なので、これが庭に来てるといつも嬉しい。佐賀平野や筑後平野にしかいなかったのに、最近棲息域を拡げてるんですよね。

 

けれどつまるところ、池の鯉を復活させねばこの庭は永遠に完成を見ないのではないかと思ったりもする。でもあの錦翠園ももう店をたたんでしまったと聞いたし😢。

 

♪あの日と同じように今 鳩が舞う

 

コイは本来大変長命な生き物で、特に水温が低目の環境の場合など、200歳ぐらいまで生きたという確かな記録もあり、言わば一生モノみたい。1970年代、名古屋女子大学学長越原公明(こしはら こうめい)氏の夫人の実家@岐阜加茂郡東白川村越原(おっぱら)(つまり嫁の姓を名乗ったわけね)の池で飼われていた緋鯉「花子」が、鱗の年輪の測定により推定226歳としてギネスブックに載った。
だから、その後も太宰府を訪れるたび、きっとうちの鯉もまだいるはずだと思って菖蒲池を眺めることにしている(書いたとおり、当時きっとそうなるだろうと思っていて、そしてそのとおりになった)。

 

♪東風吹けば
 東風吹かば君は

 

しかし、2年前に福岡に戻ってきてから、まだ参詣していません。それもコロナで外出自粛してたせい。飛梅咲く季節、今年こそまた行ってみようと思います。さして遠くでもないし。

 

♪太宰府は春
 いずれにしても 春

2022年2月 2日 (水)

1ヵ月近くの入院から戻ったら迎えてくれた花

えー、1月2日に京都岩倉の妙満寺で怪我をしまして、その日のうちに新幹線で博多に帰ってきて6日に九州中央病院に入院して、接合手術も受けて、1月末日に無事退院しまして。今はリハビリとテレワーク(骨折のせいというより、この一月でオミクロンが猖獗を極めていて、かつツルは公共交通機関を使って通勤しているからだけど)に勤しむ日々。松葉杖も1本でいけるようになってきたところ。

 

退院当日はよく晴れ渡って、タクシーで家に帰り着いたらこんなのがもう咲いていた。

 

八重紅梅「鹿児島紅」

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寒咲日本水仙

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咲き揃って主の帰還を出迎えてくれるとはなんとも愛い奴らよのう。
紅梅なんて1年前に植え付けたばかりなのに、花つきが思ったより多くて満足満足。濃き紅梅いとめでたし、清少納言何するものぞ。
水仙も植え替え2年目なので昨年よりよほど花上がりがいい感じ。

 

ま、庭仕事が再びできるようになるのは暖かくなってからかな。

2022年1月 3日 (月)

【新春編】半世紀前へのタイムスリップ - 忘れじの鯉のゆくえ

(承前)

 

cf.
2021.12.25「〽️カネに恨みは数々ござる ネタに不足も数々ござる(十六)」

 

さて、三が日までは何か毒気のないネタを、と思ったら案外愚blogでは難しいww。でもこれを見つけました。

 

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ご当地荒尾では錦鯉の養殖も盛んだったので、大牟田を含めた界隈ではその錦鯉を飼っている家も結構あって、ツルんちもそうでした。これも確か、父の部下の人が持ってきてくれたのがきっかけだった(庭には元から池があったので「飼うてみんしゃれんですか」みたいな感じで)。決して成金趣味といったものではなくて、それは地域に溶け込んだ文化の一つだったと思う。
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荒尾の鯉から始まったツル家の錦鯉はその後どうなっていったか?というお話です。

 

(注:実際には、野良猫にやられることも多かったので、飼い始めた頃の個体がそのまま、てなことは全くなかったんだけれど、その話はまた後ほど。)

 

少年時代、福岡県大牟田市に数年住んだ後、福岡市南区老司に今の家を建てることになった時、池の鯉をどうするかということになりまして。既にこの生ける宝石にハマり始めていた父親が池を掘ることに決めて、新居のすぐそばに庭師の親方が住んでらしたのでご近所の誼で庭造りを頼み、鯉たちも一緒にお引っ越ししたのが1975年10月。国勢調査のタイミングだった。
このあたりは、大人になってから父親と話をしていたら、当時中学1年だったツルが「鯉も連れて行く!」と言い出したから池を作らせたのだと言っていてこっちがびっくりした。ツルの記憶の中では、父親がこの道楽に深入りしていってそうなったとばかり思い込んでいたので。記憶はどうあれ、事実は父親の言っていたことが正しいのかもしれない。

 

あれ??でもおかしいな?
庭が完成したのは家が建ってしばらくしてからだった。だから住み始めた初めは庭や池どころか門もカーポートもフェンスさえもなかったのを覚えている。庭造りが始まると、まず、どでかい庭石が次から次に運び込まれて家族みんなびっくりしてたもん。あんまりたくさん入るので心配した母親が「大丈夫ですか」と尋ねたところ、親方の返しが振るっていた。 「庭木は育つばってん、岩は育ちまっせんけん。木が育った時にちょうどようなる」 半世紀近くが過ぎ、その言葉が真実至言であったことを今しみじみと感じます。 閑話休題。 とすると、池ができあがるまで、鯉はどこにいたんだ??大牟田の家に残してきちゃったのかな??
あ、そうだ、母親の実家@福岡市東区馬出(まいだし)の池に半年ぐらい疎開させてたんだ!そうだよ。だんだん思い出してきた。

 

ともかく、その後長く父親は錦鯉を楽しんでいた。
前述したとおり、初めの頃はずいぶん猫に捕られたんですよねー。十数匹いたのが一晩のうちに全滅なんてことさえあった。朝起きて見てみると池の周りに鱗が散らばってるんです😢。金網張ったりもしたんだけど、ちょっとした隙間から手(前脚)を入れてかっさらうのか、ほぼ効果なし。岩の上に何時間も何時間も座って覗き込んで待って狙ってるんですよ、猫って。
しかし、ここで件の親方がこんなことを言ったらしいんです(ツルは既に大学進学で京都に行って、実家を離れていた)。

 

「ツルさん、フィルターをもっとよかとに変えんしゃれんですか。水がきれいになったら猫は捕りまっせんバイ」

 

当時、庭園灯を兼ねたフィルターを入れてはいたんだけど、水の透明度をキープするという意味ではまるで効果なし。夏場だと、1週間程度で水が緑色に濁って鯉の姿なんて見えやしなくなってたんですよね。ぶっちゃけ、これで錦鯉を飼ってると言えるのか、何のために手間ひまかけて飼ってるんだ、というところもあったわけ。飼ってるんだ。水は地下水汲み上げだったので割と掛け流しに近かったんだけど、それを上回るスピードで藻類が繁殖するわけ。それが、水をきれいにしたら捕られなくなるだなんて、俄には信じられなくて。なんかすごく口車っぽい気がするでしょ。普通だったら逆だろと思うよ、誰でも。
でも植木屋さんの言ったことは本当にホントだった。
ある時帰省してみたら、でっかい立派なフィルターが設置されていて、聞けば当時のお金で30万円強かかった由。びっくりしました。とっつぁん、そこまで嵌まったか!
も一つ驚いたのは、夏であろうがいつであろうが、池の水がいつもピカピカに清み切っていたこと。フィルター次第でここまで違うものかといたく感心しました。さすがにそうなると「生ける宝石」感もいや増すというもので。
そして、水が透明になってからというもの、決して猫にやられることはありませんでした。ほんとに不思議なんだけど、水の中の鯉からも猫の姿が見えるから取られなくなるんだろうか??

 

車で15分ほど行ったところに鯉屋さんも(当時は)あったので、父親は孫たちを連れて行って好きな色や模様のを選ばせて買ってきたりもしてました。「○○ちゃんの鯉」にしてたわけ。決して高いものではなくて、一匹で平均千円ちょいぐらい、どんなに高くても3千円を超えることはなかったけれど。
「錦鯉図鑑」みたいな本も家にあって、ツルも結構熱心に読んだから、基本的な錦鯉の観賞のお作法ぐらいはわかります。紅白ならば抜けるような白地に頭の方からくっきりした鮮明な赤が稲妻形に左右バランスよく入るのがよいとか、口元に赤が乗るのは下品とされるとか。

 

そして時は流れ去り、1999年6月に父親が亡くなった後、空き家となるこの家の錦鯉たちをどうするかということは再びなかなかの大問題になった。一族郎党、思案投げ首していたんですが・・・

 

(続く)

2021年8月24日 (火)

Roji園芸リポート 夏の帖

(2021.08.24 08:15)

 

各位
(bcc一括送信にて失礼します)

 

モデルナの第2回接種を昨夕受け、一夜明けまして。ただ今14時間経過、体温36.2度。事前に買い込んだイブプロフェンの出番はなさそう。幸い、腕の痛みも大したことないです。他の症状も今んとこありません。有休を取ったので、今日はのんびり過ごしましょう。

 

そこで、コロナ禍で気分がくさくさする中、少しは慰みになろうかと思いまして、ウチの庭の夏の花の写真を。
前と同じように、お向かいのご主人が撮ってくれたものです。水滴はいずれもほんとの雨粒。ご主人曰く、雨に濡れた風情や黒く濡れた岩とのコントラストがお好きだそうで、雨上がりになるとカメラと三脚と脚立を持って撮りに来られるわけ(笑)。ぼかしが利いているのは、ちゃんとしたカメラとマクロレンズを使っておられるから。スマホの小口径のレンズではこうはいかず、全部くっきり写り込んでただの記録写真になっちゃいます。

 

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週末は相変わらず三密無縁の庭仕事に精を出しています。前はひたすら草取り(と剪定)がメインだったけれど、2年近く経って少しは変わってきて、「土壌改良」がそこに加わりました。ウチの家の土は基本、いかにも九州らしい赤土で、とても重い粘土質なんですね。雨が降るとぐちゃぐちゃになっちゃうし、乾くと岩のように堅くなるので、これと戦いつつ雑草の根を抜いていくのも毎回大変。畑や花壇のところはまだまともなのですが(父親が長年、生ゴミを堆肥にしてすき込んでいたので)、雑草はところ構わず生えてくるわけですからねえ。
で、有機質を入れると雑草に力を与えてしまうと思って、砂をばんばん混ぜています。マジメにやっているので、なかなか終わらない。全体でやっと7割ってとこでしょうか。毎週末、砂の大袋2袋だけを買っていくおっさんのことを、ホームセンターの店員さんはどう思っているでしょう。

 

てなわけで、今回は園芸おたくの蘊蓄つきで・・・。

 

紅白の花はシソ科のチェリーセージの「ホットリップス」あるいは「いちごみるく」と呼ばれる品種。2年前の秋に導入した新顔です。ハーブの一種なんですが、「観賞用ハーブ」というわけのわからん立ち位置。でも、葉に軽く触れただけでよい香りがします。
実は同じものを下丸子のマンションのエントランスにも植えてた(ワタシが)んですが、やたら伸びが速いので、今はどうなっていることやらww。
春は真っ赤に咲き始め、だんだん白が入ってきて、5月には白一色に変わるという変化が面白いんですが、今度の個体はどうも赤が残りやすいようで、そこはちょっと期待外れかも。まだわかりませんが。

 

黄色いグラジオラスは、ずーっと昔から庭にあったもので、長年雑草の中で生き抜いてきたものです。いろんな色があったうち、一等気に入っていた黄色だけが残りました。昨秋植え直して手をかけてやったら、今年は一茎から20花も咲くという見事さで、愛着もひとしお。
グラジオラスって、品種の傾向が昔とはすっかり変わってしまって、今こうした大輪単色花はあまり売っていません。中小輪で複色/bicolorのものばかり。でもやっぱりこんな蘭みたいなフリフリのゴージャスなやつはため息が出るほどきれいです。

 

テッポウユリのように見える白花は、タカサゴユリ(ホソバテッポウユリとも)という台湾原産のものです。花だけではほとんど見分けがつきません。勝手に庭に飛び込んできて増えたもので、至る所に咲いていて、切って会社に持っていったりもしてます。三、四十本もあるのかなと思ってつい先日数えてみたら、それどころではない、123本もあった(@_@)!!一度やったら懲りたので、数え直せば130本ぐらいいくかもしれません。
こんなに増えるのは種がよくできて発芽率や生育もよいからで、実際、テッポウユリと掛け合わせた交配品種があり、「新鉄砲百合」として種子で売られているのがそれです。「種から播いて1年で咲く!」というのが売り。ただ、機嫌よく咲いているかと思うと翌年には消えてしまうことも多いので、種を飛ばして渡り歩いていく、そういう生育パターンなのでしょう。
因みにこのうちの1本だけ、今年「帯化」を起こしまして(「綴化」「石化」とも)、普通は丸い断面の茎が、平べったく広がって幅10センチぐらいになるという原因不明の珍現象。ユリには時々見られるもので、「1本から数十輪もの花が咲いた!」といった話題になるやつです。つい3日前にも、このタカサゴユリだと思うけど、鹿児島県伊佐市の道端で108輪の花をつけた↓というニュースが画像つきで報じられていました。ウチのは10輪に満たなかったけど(汗)。

 

20210821isacity108flowers

 

この現象は他の植物にも見られ、これを固定したのがケイトウ(トサカケイトウ)ですね。

 

ピンクと黄色の六弁花は、それぞれHabranthus robustus、Zephyranthes citrina、というヒガンバナ科の小球根。
前者は、ピンクの中心が白く抜けるカラーリングが誠に優美で気に入っています。花期は短いんですが。実は下丸子で近所から種をこっそり盗んできたもので、プランターで結構増え、やはりマンションエントランスにも植えてました。転居に際し持ってきたものです。
後者はやや小輪ですが、夏に雨が降るとほぼ正確に1週間後に鮮明な黄花をどんと咲かせ、数日すると全く花はなくなってしまう、それを秋まで繰り返します。別名、キバナタマスダレまたはレインリリー。昔からある白花のタマスダレに近縁のもので、ただしそれとは異なり、やたら種がたくさんできてこれまたばんばん発芽するので、ある意味侵略的かも。大昔に実家に5球ほど植えたのが、今では1,000球ぐらいはあるんじゃないかしらん。道路の側溝の蓋と家の塀の隙間なんていうニッチなところにまで入り込んで花を沢山咲かせている根性者。昨年は掘り上げた球根を道行く人に持ってってもらうようなこともやりました。500球ぐらいかな。実はその後も、種を採って近郷近在のあらゆるところにこっそりばら播きしまくっているのはヒミツです。いろいろ大変なのよww。

 

そして最後は、大好きな西洋朝顔「ヘブンリー・ブルー」。アサガオのくせに夏の暑さはやや苦手のようで、今はちょぼちょぼ咲いている程度、だけど9月以降は盛大に咲き誇るハズ。ヤマモモの木に這わせてただ今養成中です。もう5mほどある木のてっぺんまでたどり着こうという伸びっぷり。赤味の入らない澄んだブルーの花がたっくさん咲くと、毎朝とてもすがすがしい気がするんですよねー。この花、熱烈な固定ファンがいるんですよ。

 

以上、お楽しみいただけたでしょうか?来年は野菜も始めようかな。今は食えるものと言えばミツバとシソとニラとミョウガぐらいだし(そりゃほとんど雑草だよ)。

 

それではまた!
ツルでした

2021年5月31日 (月)

Roji園芸リポート 初夏の帖

(2021.05.25 06:30)

 

各位
(bcc一括送信にて失礼します)

 

おはようございます。
福岡ではまさかの3週間早い梅雨入りでビックリしましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

相変わらず週末は自宅の庭仕事に全力投球しておりますが、お向かいのご主人が趣味で写真をなさる方で、ウチの庭の花が格好の(?)被写体となってまして、送ってもらったのでちょっとご紹介させていただきます。

 

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各種の紫蘭(黄色味が入っているのは中国紫蘭の血を引いているからです)、1994年早春に亡父と旅した北海道で網走近くの無人駅植え込みから盗み取った種を播いて育ててきたハマナス、栃木の鹿沼で買い求めたサツキ(品種名:月光)、京都時代に近所から一枝盗んで挿し木したビヨウヤナギ、この冬植え付けたばかりのごく淡い桃色のシャクヤク(品種名:滝の粧い)など。

 

まるでうちの庭が大した花園であるかのように錯覚してしまいます、ほんとはそんなことはありませんけど。個人的には、黄花紫蘭に止まった花虻の下に小さな蜘蛛が潜んでいる写真が只ならぬ雰囲気で特に気に入っていますww。

 

こんなに美しく撮ってもらって花たちも喜んでいるでしょうし、こちらの励みにもなります。
長年の放置から復活しつつある紫陽花もピンクの薔薇Lady Luckも間もなく咲いてきますし、その次は斑入り花の桔梗かな。長い長いこと花を見ていなかったグラジオラス(多分黄色・・・)も今年は見ることができそう。つい先日導入したカクトラノオや藤袴が咲けば、蝶を呼べるのではないかと思っています(目指せ!夢のアサギマダラ舞う庭)。夏から秋口にかけては西洋朝顔「ヘブンリー・ブルー」がゴージャスに咲き誇るハズです・・・

 

それなりのお金出して八重紅梅の「鹿児島紅」も植え付けましたし。3年ほど前の台風で根元から折れてしまった一重白梅の後釜です、高さ約2メートル、作業代込みで7万円。都内に比べると安いと思うんですが、どうでしょう。

 

仕事ぉ?やってますとも行ってますとも!相も変わらず今の時期は決算発表やら株主総会招集通知やらで繁忙期ですわ。でも今日は代休なのさ(^^;)

 

それではまた!
ツルでした

2020年10月31日 (土)

地上庭園黒歴史

cf.
2019.06.27「校正まだまだ畏るべし」

 

(承前)

 

前々回にこう書いてて↓思い出したことがある・・・。

 

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しかしよく見つけられましたねえ!いくら防犯カメラが作動していたといってもだよ。商店街のシャッターにスプレーで落書きするのなんか普通に見かけるでしょ。ああいうのってたいてい犯人捕まってないんじゃないかと思ってたんだけど、どうなんでせう。
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もう10年以上前、ツルがまだ東京に住んでいて、福岡のこの家を「実家の空き家」と呼んでいた頃、裏手のはす向かい(変な表現だが)の家の住人から、当家の庭、つまり「地上庭園@福岡市南区老司」にある庭木の枝を勝手に伐られたことがあった。いつも年に3回ほどは帰省してたのだけれど、ある時帰ったら裏庭のヤブニッケイの主幹の梢の方がバッサリやられていて、すごく驚いたし凹みました((((゜д゜;))))。
これもれっきとした器物損壊ですなあ(-_-##)。元の姿に戻すのに何年かかったことか。

 

別に防犯カメラを入れてたとかいうわけじゃないけど、隣家のご主人(もちろん犯人とは別人)が気の毒がって「私も、そんなことはしなさらん方がいいですよと止めたんですけれども、裏のご主人が鋸を持ち出して・・・」と子細を教えてくれて下手人を知った次第。往時の新興分譲地も、今ではそんなコミュニティができあがってるわけです。

 

言っとくけど、枝が伸びて越境したなんてことは一切ない。植わっているのは境界から2メートルほども離れたところだし(つまり、賊は明らかに当家の庭に無断で侵入して鋸を振るったことになる(@_@))、年に2、3回帰省すると必ず真っ先に剪定をして美しい姿をキープしていたので、デカくなり過ぎたなんてことは決してありません。大きくならないようにいつも必死だったもん。現在も高さ3mもないぐらいかな。犯人は自分の家の庭の(後から建てた)温室に影を落とすからという理由で凶行に及んだらしいけど、ごく客観的に見てそういう物理的状況にも決してない。近隣トラブルがあったわけでもないので、一層理解に苦しんだ。
つまりは「空き家だからいいや」という身勝手な解釈でやったのだと考えている。だけど何より、ツルが帰省の度に汗水垂らして真面目に剪定してるのをそのジジイも目にしていたはず、この40年来。伐り落とされた芯の太枝は無造作に当家の庭に投げ捨ててあって、植物好きのツルとしてはとても心が痛んだ。切り口も汚くってさー(T^T)。

 

そしてもちろんと言うべきか、驚くことにというべきか、事前事後とも、本件に関する断りも挨拶も謝罪も全くないんです。
おそらくは当該ジジイは、犯人が自分だとツルが知っていることも知らないだろうと思う。なぜツルの態度がいつもひどく突っ慳貪なのか不思議にも思っていよう。しかしそれはアナタの播いた種。そこから生え出た、バレてないからいいやというその心根もすごく嫌。

 

ヤブニッケイなんて本来庭木にするようなものではないけれど、この地上庭園の裏庭エリアはヤブニッケイとクヌギの2本を主役に野趣を楽しむ造りとしている。花木はツバキ(鴇色の八重の百合咲き銘花「羽衣」;姪っ子の誕生木)、アジサイ、レンギョウ、クサボケ程度、草物もシュウメイギクやミズヒキ、白花シラン(斑入り葉のニ芸品)に今年の夏なら敢えて抜かずに残した雑草のツユクサやタカサゴユリとかで、もちろん洋花は一切入れていない。
中でもヤブニッケイは、この家に移ってきたばかりの中学1年の頃、クラスメイトの瓦屋の息子に誘われて近所の老松神社の裏山から小さな苗木を掘り取ってきたのが育ったもので、まあ、想い出の樹なわけね。ツルの母親は俳句(いわゆる現代俳句)を詠んでいたので、格好の題材を提供することにもなった。

 

秘密の樹持つ少年に冬夕焼 京子(昭和五十年)

 

句会でいい点数を取ったと言って喜んでいたっけ。お母さん、あの樹はまだ生きて在るんですよ。

 

ついでに言うと、全国女流俳句大会というので二席に入ったという次の句も、生まれたばかりのツルを題材に取ったもの。

 

逝く春や子の粥一匙ずつ冷ます 京子(昭和三十九年)

 

一人息子の一挙手一投足は俳人としての目に常時監視されていたのだw。

 

上述のジジイは総白髪になった今もくたばる様子もなくまだ生きている。でもそれ以来ずっと、地上庭園で作業してて顔を合わせてもツルは一切口を利かないことにしている。他のneighborhoodとはまるで違う扱い。もちろん、昨秋福岡に戻ってきて40年ぶりに再び住み始めた今もそう。毎週末、草取りにせっせせっせと精を出している時、ジジイが庭に出て何やらやってるのが視野に入ってくるとげんなりする。
いわば、「ウチはあそこの家とは金輪際付き合わん!」という不幸かつ非建設的な状況。一人相撲かもしれませんがね。決して忘れはしない。

 

小田さん、アナタのことですよ。お宅の庭のど真ん中にある橙色の花のダチュラの木を、無闇に大きく育って花もみすぼらしいからと誰かが勝手にガシガシ伐っていったりしたら、どんな気持ちがなさいます?

 

もちろんツルは神かけて、そんなことはしない。盟三五大切。
けれど、この樹に鋏を入れるたびあれを思い出して、冷静を保つのが難しいと感じることが時々ある。ヤブニッケイの剪定は、本来、甘いシナモンの香りに包まれてとても爽快で気持ちのよい体験なんですが、その香りさえ苦々しく感じられて。

 

香奠は絶対に出さんぞ。

2013年3月28日 (木)

そして実家の今

老司大池のナノハナ

家の近くにある池の堤にナノハナも咲いていた。住んでた時にはなかったのに、いつの間にかいい景色ができあがってる。独特の甘い香りと、モンシロチョウと。

そもそも今回帰ったのは、長く無住だった裏のおうち(♪うちとおんなじね〜)が、持ち主が変わって、境界確定の必要が出てきたため。モメたわけじゃないけど。
帰ってみると、すでに解体が済んで更地になってました・・・新しい景色、今だけ限定。

実家からの新しい眺め 隣家からの今だけの眺め

ツルが高校の時通販で買って植えたクヌギ(何故にそんな木を)もいつもと違う角度から。

クヌギ

で、〆はいつものとおり、除草の成果。ま、こんなもんすか。

今回の成果

2013年3月27日 (水)

実家の春

クサボケ

クサボケの花が咲き残っていた。放春花の名に恥じない朱赤の一重。寒い時だとこの花が一身に陽を集めてるって感じになるんだよな。

裏へ回るとこれまたびっくり、見覚えのない白い花が。キイチゴだと思うけど、こんなの去年までなかったぞ

キイチゴ

渋いとこじゃこげなもんも。

シュンラン1 シュンラン2

中学の頃かな、高校の時かな、父親と一緒に佐賀の天山という山で採ってきたシュンラン。唇弁に紅点の少ないタイプ。最近だと山採りは山盗りってなわけでいろいろマズいだろうけど、その時はまあ山の一区画を所有していて、そこで採ってきたってことで許してつかあさいm(__)m。うちに来て枯れちゃうかなと思っていたら、ヤマモモの木陰という環境が合ったのか、かなりな大株に育った。
緑色の花も好きなんです。木洩れ陽を浴びていい感じ。

春を告げるのは花だけじゃない。こんなものも見つけた。

ツクシが!

きゃあっ、かわいいっ(≧∇≦)♪

腹這いになって撮るの大変でしたよ(^.^)

でも庭にツクシの生える家って一体・・・

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