文化Field:子どもの本

2014年7月24日 (木)

Communicationの獲得 ― 絵本「あらしのよるに」・「雪国の豹オレッグ」

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それとも、絵本「あらしのよるに」のメイとガブみたいな関係かしら(^_-)。
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ああ、枝葉が繁って止まらない。

あらしのよるに
 作:木村裕一/きむらゆういち
 絵:あべ弘士(ひろし)
 (1994年〜)
あらしのよるに あらしのよるに 愛蔵本

メディアミックス路線に乗って(1980年代の「はれときどきぶた」シリーズ by 矢玉四郎を思い出す)だいぶ手垢がついてしまったけど、話の展開の巧みさ、意外さはやはり出色だと思う。一言で表せば「わかり合えない(はずの)者同士の物語」。

Silversteinの「The Giving Tree/おおきな木」や佐野洋子の「100万回生きたねこ」が(どちらもツルのAll Time Bestだけど)いわばDiscommunicationの物語であり、そこに好悪の分かれるところもあろうのに対して、この絵本は確かに真っ向からのCommunicationのストーリーだと思える。

あらしのよるに 映画 あらしのよるに DVD

派生作品では2005年の東宝による劇場用アニメ映画化(声:成宮寛貴・中村獅童)が最も話題になったと思うが、ビジュアルがカワイイ路線に走り過ぎて、原作に親しんでいると違和感を持った人も多いのではないか。というか、いかにも安っぽい。
劇場用ポスターの背景が雪山になっているのは、12月の冬休み時の公開だったからだろう。

画を描いたあべ弘士(本名:阿部 寛happy01)はあの旭川市旭山動物園で飼育係を長く勤めていた。画風はかわいくなんかまるでない。アニメ化されたヤギとオオカミの画をどう感じているのかな。
舞台化も何度かされているけど、意外なところでは朗読+音楽劇として市原悦子がメイを演じている。ミッキー吉野もおばさんヤギの役で出演したとか(+_+)。

絵本はシリーズ本編6巻+α、1巻読んだらきっとすぐに次を読みたくなるストーリーだとは思うけど、悪いことは言わない、たっぷり時間を置いて次にかかる方が絶対幸せだと思う(ツルはたまたまそうで、結果ラッキーだった)。あれこれと想像の翼を広げる愉しさよ。
だから、映画化や舞台化より、週1回のTVアニメ化なんかの方が相性のよい作品かもしれない。ハッピーエンドのすれ違いメロドラマ、「めぞん一刻」by 高橋留美子と同じ匂いがする。一気に読むより、待ち遠しく次回を心に描いている方が深く残る作品もあるのだと思う。

この話はおそらく、Minorityを自覚している人たち ――例えばすごい歳の差カップルとか、入籍してない/しないカップルとか、はたまた同性のカップルとか―― にはとりわけ響くものがあるのじゃないだろうか。
その意味では次の絵本も思い出される。クジラがヒョウに恋する(アザラシが、だったかな?)、みたいなシュールなお話(絶版)。

雪国の豹オレッグ/OLEG LE LEOPARD DES NEIGES
 文:Jean-Claude Brisville
 絵:Daniele Bour
 訳:串田孫一
雪国の豹オレッグ

そう言えば、メイの性別は原作では不詳だけれども、映画アニメではやや♀寄り、TVアニメでは明らかに♀。うーん、いつかこの話がNational Theatre of the Deafあたりで演じられるような時があれば(The Giving Treeみたいに)、やっぱり性別の明確化は不要とされるんだろうな、きっと。

2013年2月11日 (月)

谷川俊太郎:おばあちゃん

今日は母親の29回目の命日だ。だから、敢えてこの本を読み返す。

おばあちゃん
 作:谷川俊太郎
 絵:三輪滋
 出版:ばるん舎
 (1981年)

おばあちゃん

ずばり、痴呆老人(敢えて認知症なんて言わない)のことを書いた絵本。孫の男の子の視点から。

これは、東京杉並のばるん舎という小さな出版社(今はもうないと思う)から刊行された、詩人と三輪滋の合作による「シリーズ・ちいさなつぶやき」という全6冊(らしいが5冊目までしか確認できない)の絵本の第2冊。いずれも絶版だけど、谷川vs三輪による「おばあちゃん」「ひとり」「せんそうごっこ」は合冊されてプラネットジアース社から再発売されている。

「ぼくは もしかすると おばあちゃんは うちゅうじんに なったんじゃないかと おもいます。」

ツルはよく知らなかったけれど、当時このシリーズは賛否両論、大きな論議を呼んだらしい。老い、(両親の)離婚、戦争、孤独など、絵本らしからぬ題材に取り組んだからです。

そして、最後に出てくるワンフレーズは、この年齢になった今(へへっ)、一層迫ってくるものがあるんだけど、これは敢えて出さずにおきましょう。(ま、テキストはネット上でも確認できるケドhappy02

谷川俊太郎もたーくさん絵本を出してますね、いろんな画家や写真家と組んで、あるいは翻訳も。
その中で、有名どころの「ことばあそびうた」(cf. 2009.09.12「熊野三山につきお勉強 下」)あたりじゃなくこの絵本を取り上げる、それにはちょっとしたいきさつが。

博多で母親が亡くなった(その時はツルも博多で病気入院中だった)あと、大学生活に復帰して数ヵ月経った頃のこと。自転車で学校から帰っていた途中、小さなビラが京都の街角に貼られているのに気がついた。

 谷川俊太郎 自作詩朗読会
 1984年5月16日(水)
 6:30 p.m. 開場
 7:00 p.m. 開演

会場は左京区田中にあるカフェ「SARA」。確かその後「ひらがな館」というレストランになったんじゃなかったかな。主催は京都精華大学のさる研究室でした。(やけに詳しく覚えているのは、ジアゾの青焼き−若い子は知らんか−のチケットが今も手許に残っているからです)
で、文学部の友人を誘って行ったんだけど、よかったですねえ。谷川俊太郎って人、流麗に詩を読むんですね。詩人、必ずしも声に出して詩を読み上げることの達人と限ったわけではないだろうけれど、こと谷川俊太郎についてはそれは真実だった。
後年、ねじめ正一との間で「詩のボクシング」なるイベントを始めたことを知って、こりゃー勝負は初めからついてるなと思ったものです(笑)

この時、もしかしてと思って、すでに購入していたこの本を持っていったんだけど、案の定、終わりしなにはプチサイン会的な感じになって、しっかりサインを頂戴しちゃったミーハーです。もちろん今も持っている。
むろん、2月に母親が死んだことがあったからこの本を忍ばせていったんだけど、後からわかったところでは、谷川氏もその年の初めに、長い間寝たきりだった御母堂を看取ったとのことだった(本の中に入っていた読者カードにいろいろ書いて出したら、発行人からそんな詳細が記されたハガキ −− しかも著者のメッセージとイラスト入りの −− が来たのでびっくり)。つまり、この絵本は彼の実体験が反映された作品であるらしい。

谷川氏との小さな出会いはその後にもちょっとありまして。
就職直後の1987年、東京秋葉原のさるオーディオショップで販売研修してた際、店の人に言われてお客様ご購入の製品を駐車場まで運ぶことになった。「有名な方だから粗相のないように」と釘を刺されて。それが谷川氏だったんですね。サンスイの79,800円のアンプ(評判の高いモデルだった)をお買い上げだったこととか、赤い車だったことまで覚えている。
品物をトランクに入れた後、緊張しながら「あの、失礼ですが、谷川俊太郎様でいらっしゃいますね、実は3年ほど前に京都で朗読会に寄せていただいたことがございます、あれは素晴らしかったです」と声をかけたところ、「ああ、あれですか、あれはなかなかよかったですね」とおっしゃいました・・・
確かに、グランドピアノも置いてある白い店内で、至極アットホームな感じで行われ、お客も20人ぐらいしかいなかったのじゃなかったっけ。サインだって、書店のイベントなんかによくある「今ご購入になると先生にサインしていただけます」的な制限もなかったし。とびきり贅沢な時間だった。

谷川氏が絵本「100万回生きたねこ」の作者、故 佐野洋子と結婚したのは1990年(〜1996年)だから、こうした小さな出会いはそれよりもまだ昔のこと。

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谷川俊太郎の三人目の ― そしておそらくは最後の?m(__)m ― 妻、正確には元妻。
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(2010.11.06「本当に残念なこと;佐野洋子死去」)

最初の配偶者は故 岸田衿子(脚本家岸田国士の娘、女優岸田今日子の姉)、詩人かつ絵本作家だった人です。

ちなみに、「100万回生きたねこ」は現在、ミュージカルが森山未来&満島ひかりのキャストで公演中。1996年の沢田研二&山瀬まみに次いで、2回目のミュージカル化です。

2012年11月 3日 (土)

わるい本

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そう、あのモリゾー&キッコロに似てたんですね。
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愛・地球博のモリゾー&キッコロは公募ではなく指名コンペで選ばれたキャラクター。

デザインした「アランジ アロンゾ」は斎藤絹代と余村洋子の二人による大阪のデザイナーユニット。姉妹だとは知らなんだ。
ベネッセの「たまごクラブ」「ひよこクラブ」キャラクターデザインでブレークした人たちですが、ツルの一押しはコレ↓

わるい本(ベネッセ版) わるい本(角川版)

初めベネッセから出て、角川書店に版元が移って、今はもう絶版なんだけど。
「わるもの」とか「うそつき」とか「もんくたれくん」とか、ちょいワルだったりへんてこだったりするキャラが多数登場する絵本。

中でも「わるいゆめ」のパートが秀逸っす、特にそのラストあたりが。がつーんときますね。はっとする、のかな。

ツルが持ってるベネッセ版では、1ヵ所、わりと目立つところに誤植があるのが残念。目次(絵本なのに目次がある!)で、「わるいゆめ」が「こわいゆめ」になってしまってる。味わいがまるで違ってくるんだけどね。多分、途中で推敲して目次を直しそびれたんでしょう。

2012年2月17日 (金)

絵本「たかこ」が面白い♪

久しぶりにすげー面白い絵本を見つけた。その名も「たかこ」。ふつうの小学校に一人の女の子が転校してきて・・・というおはなし。
ぼくはおしょうがつにもらったおとしだまでかいました(ウソ)

たかこ

このたかこちゃん、十二単を身にまとい、いつも檜扇で顔を隠してるという「平安女子」(゜o゜)
授業中ノートを取るにも墨を磨って筆で巻物に書きつけるは、音楽の時間には縦笛の代わりに琵琶を掻き鳴らすはというマイウェイぶり。笑えます。

最大のみどころというかおかしみは、いつも平安時代の言葉で話すってとこ。「こころやすく ならむ」「あぢきなし」「あはや。かたじけなし」あたりはまだ簡単な方。夜更かしして眠そうに学校に来た朝には「ものがたりを えたり。(中略)はしる はしる これを みるより ほかのことなし」なんて宣うといった具合。
めっきり本格的な古文で、現代語とは意味合いの違う単語も構わず(or 敢えて?)使ってある。現代語訳というか説明チックな文章も最小限に抑えてあって、子ども用に「落として」ない感じ。しかも歴史的かな遣い!「ぢ」と「じ」も書き分けられてるし!

ちょっと変わってるってことでからかわれたりもしますが、そんな時には「らうぜきなり。やすからず」と、扇を手にして男の子を追いかけ回す勝ち気な一面も。
そのうちある出来事が起こるのですが、ここがちょっと劇的で、たかこちゃんカッコいい。「わが うはぎを つかひたまへ」ですけんね、うふふふ。これにはヤラれましたよ。
言葉のことだけじゃなく、襲(かさね)の色目の話なんかも出てきて、オッと思わせます。子どもの絵本で「くれなゐの ひとへ」なんて書いてあるんだぜぇ(笑)つまりは文系エンタテインメント。

作者は文の方が清水真裕(しみず まひろ)、絵の方が青山友美(あおやま ともみ)、ともに女性です。
清水氏は1989年生まれ、わ、若い・・・。お茶の水女子大の学生だそうな。なんでも、出版元の童心社と日本児童文学者協会の共催した「第2回 絵本テキスト募集」(2009年)で、満場一致で優秀賞を受賞した作品なんだとか。

全体を通してのツルの印象は、すごくwell madeというか、(悪い意味じゃなく)優等生的によくできた作品という感じ。これがデビュー作(!)とは思えない手練れ。
「転校生」という伝統的というか古典的というか陳腐になりやすいネタを、姿と言葉は変わってるけどつまりは今どきの子どもと変わりはしないじゃん、というエピソードを積み上げることでうまく料理してある。
そこあたり、ひたすら平安キャラで押しまくる「おじゃる丸」とはちょっと違うわけですね。「人と違っていてもいいじゃないか」というメッセージの込め方も結構clever。
語り手にはクラスメートのふつうの男の子を持ってきて(ここはおじゃる丸とおんなじだ)、本格王朝言葉と現代日本語の掛け合いになってるのも面白いです。この男の子が「たかこちゃん」でも「たかこさん」でもなく「たかこ」と呼び捨てにして語っていくのも心憎い。

転校生の話だから、最後はまた風のようにいなくなるのかと思いきやさにあらず。アンチクライマックスでおだやかに終わるのでちょっと肩すかしを喰らうんだけど、かと言って「みんなと仲よくなりました」な常識的な締め括り方でもない。このあたりも周到に用意されていて、読後感、だんだんいい感じに膨らんできます。

何やら売れ行きもいいらしい。「よい絵本」というと昨今はすぐ「読み聴かせ」なんてことが出てくるんだろう(それも微妙に気持ち悪いが)けど、誤解を恐れずに言えば、この絵本は、読み聴かせで最大の魅力を発揮するわけじゃない。そこんところがまた特長だと思う。
子どもって、変わった言葉とか珍しい古語とか使ってみるのって結構好きですよね、意味なんかわからなくっても。まあ、子ども時代なんて、そもそも意味のわからない言葉の方がずっと多いわけだし(子どもの世界は昏いのだ)。
その意味で、自分で(声に出して?)読むのが一番楽しいように思います、この本は。
もちろん、親に「この言葉、どんな意味?」って尋ねるっていうコミュニケーションも楽しそうだけど。
ネット上の書評では、若いお母さんなんかだと「わたしも意味よくわからないわ」ってこともあるみたい。でもそれでいいと思うんだよね、子供に訊かれて答えられなくても。なんとなくストーリーがわかって、あとは言葉の響き楽しんでれば。

2011年5月 4日 (水)

シルヴァスタイン:おおきな木 その10

・各国語版にはアジア圏のもあるんですよ。中国語版では「愛心樹」、なるほどぉ!悪くない。簡体字も繁体字もありまっせ。

中国語版−簡体字版 中国語版−繁体字版

ちなみに中国語版だと「M.E. & T.」、「M.E. & Y.L.」は英語のままですhappy01

ハングル版だってあるんですねえ。デザイン的になんかかわいい。これまた全然読めないけど。

ハングル版

・確かにこの本は読む人を選ぶ本だと思うけれど、つまるところ、この本を好きになるかそうでないかは、木と少年のどちら側に立って読んだかってところにかかってるんじゃないだろうか。
率直に言って、ツルはtree側でした。そういうふうに自分の中に入ってきたんだよね。どんだけいい奴やねん、ワシ。いやいやそうじゃない。人格がまだ固まりきってなくていろいろと模索していた時期に出会ったということだと思う。
代償を求めない愛であるとか、幸福とはそれを求めてあくせくするところには存在しないのだろうとか、そんなことを素直に考えたわけ。あこがれたとも言える。

この本を初めて目にしたのは確か20歳前、京都百万遍の児童書専門店「きりん館」でだった。その年齢でよかったと今でも思います。
これがまあ、子育て真っ最中なんかに出会ったんだとしたら、確かに感想は違ったものになっていたかもしれない。それは否定しません。

boyの側に立って読んだ人は、やはり、まず心の痛みを感じてしまうんじゃないかなと思うんだけど、どうでしょうか。

シビアに見れば、このお話は愛の物語ではなくてdiscommunication(OR miscommunication??)の物語だろうから(本書に対する批判の中心もつまりはここにあると思う)、このことは一層重みを増します。

・だから、新版の本の帯のあざとさには一言文句をつけておきたい。次のように書かれているんですが。

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・・・あなたはこの少年に似ているかもしれません。それともひょっとして、両方に似ているかもしれません。あなたは木であり、また少年であるかもしれません。あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。それをあえて言葉にする必要もありません。そのために物語というものがあるのです。物語人の心を映す鏡のようなものなのです。・・・
(村上春樹/訳者あとがきより)
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あとがきにこんな空虚なこと書くのもまあどうかとは思うんだけど、そのことではなくってさ。

この中の第1センテンスは大きい文字であたかも見出しのように扱われているのだけど・・・
実は、訳者あとがきには、この抜粋部分の直前にまず「あなたはこの木に似ているかもしれません。」という一文があるのです。敢えて意図的にこのセンテンスを抜かしたとしか考えられない。
「あなたはこの少年に似ているかもしれない」というのは、やはり心の痛みを感じさせることにはなるでしょう。それを効果として狙ったのだと思うんですね。人目を惹くために。でも、これは限りなく歪曲に近いのじゃないかなあ。「たろう と はなこ」なんかより。
言っとくけど、ツルは本の帯マニアじゃありませんよ。率直に言って、ただの付属物に過ぎないと思っていますが。

・本田訳と村上訳を見てきたわけだけど、村上訳が先に出て、本田訳が後に出たのならまだ話がわかりやすかったのに、という気がだんだんしてきた。
文章量は減って、しかし情報量は多くなっているということが言えるのかもしれない。
言い換えれば、村上訳→本田訳の順に読んだ方がどうもいいような感じ。原文に(一応)忠実な前者に対して、後者はやはり解釈が深化している気がするのです。

・最後の最後にもう一つだけ。夜更けなんかにこの本を静かに読む時に最適のBGMを。
それは、Stevie Wonderの「Love's in Need of Love Today」。1976年にリリースされ大ヒットしたアルバム「Songs in the Key of Life」の冒頭を飾る曲です・・・日本語タイトルは「ある愛の伝説」、ダサいけど。
四半世紀後、2001年の同時多発テロに関しての追悼コンサートのオープニングで彼が歌った歌でもある。
静かで柔らかなゴスペルコーラスが極上。泣けるかもしれません。

2011年5月 3日 (火)

シルヴァスタイン:おおきな木 その9

で、まあ、著者のシルヴァスタインはどんな顔をしてるのかというと、これがこんな顔↓

The Giving Tree裏表紙

なんで強盗のカッコなのかな これはだいぶ歳がいってからですね

年齢いろいろあるけど、いずれもインパクトでか過ぎ!(@_@)
でもね、きれいな目をしている。ついでに言うと正中離開も見事、いかにもアメリカ人的(笑)。結構カッコいいと思うんだけど、ツルは。
頭の上半分には毛がなくて、下半分には毛がふさふさ、ていうとこもupside down的で素敵的。頭のカタチもスキンヘッドにゃ理想的happy01

さるサイトにこんな記述がありました↓(またまた無断転載、これっ!)

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アメリカで出版される単行本には、著者のポートレート写真を裏表紙にすることがあるのですが・・・ボクが最初に読んだ英語版には、著者であるシェル・シルヴァスタインの顔写真が「ドドーン!」と裏表紙全面に使われていました。(現在、販売されている英語版は、写真が若干小さめになっていますが・・・)
「The Giving Tree」は、心が洗われるような話なのですが・・・読み終わって裏表紙の著者の写真を見ると、その感動がぶっ飛んでしまうほどのインパクトがあったのです。
シェル・シルヴァスタインは放浪癖のあった変わり者であったそうなのですが・・・写真は「ツルツルの禿頭」「フルフェイスの濃い髭」、指名手配の凶悪犯と言われたら信じてしまいそうな「強面っぷり」であります。こんな人相の悪い写真を「なんで、絵本の裏表紙にすんの?」とツッコミたくなるほど・・・。
絵本の内容と著者のルックスのギャップも「この絵本の奥深さ」であり、すべての読者にそのギャップをボクは知って欲しいのです。
ほんだきんいちろう訳版には裏表紙全面というほどではないにしろ・・・英語版のように、著者の写真を掲載していました。(4分の1程度のサイズでも、かなり強烈!)
しかし・・・村上春樹訳版では、著者の写真は裏表紙から消えただけでなく、本の中にも著者の写真は一切掲載されていません。新しい読者は、シェル・シルヴァスタインの「顔」を知ることは出来ないのです・・・。まるで「臭いものにフタをする」(これはこれで著者に失礼かな?)ような、仕様の変更ではないでしょうか?
再版にあたっての著者写真の完全削除に、ボクは憤りを感じているのであります。
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全面的に、ツルは賛同を感じているのであります。

2011年5月 2日 (月)

シルヴァスタイン:おおきな木 その8

1月に途中までアップしたまま中断していたShel Silversteinネタ、久方ぶりに再開です。

・古い言語つながりでは、ラテン語版「Arbor alma」ってのもあった。英語版Amazonには「あなたもこの本で高校時代に習ったラテン語のリフレッシュをドーゾ」的なことが書いてあって、ちょっと笑えます。

ラテン語版

ラテン語系では、イタリア語版「l'albero」やスペイン語版「El Arbol Generoso」のほかにポルトガル語版もあって、これが「A Arvore Generosa」。

ポルトガル語版

変わったところだと、エスペラント版の「La Bona Arbo」なんてのもある!

エスペラント版

・二人の訳者のことをいろいろ書いたんだから、原作者のことも押さえておかずはなるまいっ。

シルヴァスタインのサイン

シルヴァスタインは、日本では専ら本書を中心とした児童書/絵本の分野で知られているけど、本田訳のあとがきには、作詞作曲家として活動していたとか、プレイボーイ誌に漫画を描いてたとか、風来坊と呼ぶにふさわしいライフスタイルだったとかいうようなことが出てくる。で、英語版のwikipediaで調べてみました。

Shel Silverstein、本名Sheldon Allan Silversteinは、1930年(※)9月25日イリノイ州シカゴに生まれ、1999年5月10日フロリダ州キーウェストに死す。享年68歳。1999年かー・・・。
(※)日本語や他国語のwikipediaには1932年とありますが、村上訳のあとがきにも1930年と出てくるので、その方が正しいだろうと思います。

詩人、ソングライター、ミュージシャン、イラストレーター、脚本家、etc。多才な人であったことは間違いなさそう。

Art Institute of Chicagoを1年で中退後、Roosevelt UniversityのChicago College of Performing Artsに入ったらしい。
1950年代の兵役中(朝鮮戦争の時代ですね)には米国国防省の運営する新聞Stars and StripesのPacific版に漫画を描いていて、これをまとめた「Take Ten」(1955年)が最初の単行本となる。
シカゴに戻ってからは、シカゴ球場でホットドッグを売る傍ら(@_@)、Sports Ilustrated誌などに漫画を描き始めた。
1957年にはPlayboy Magazineのleading cartoonistの一人として、"Shel Silverstein Visits ..."のタイトルで世界各地のイラスト入り紀行文を連載し始めた。これは没後の2007年に「Silverstein Around the World」というタイトルで単行本化されていて、同誌のオーナー、かのHugh Hefnerが序文を寄せている。

音楽活動においては、Johnny Cashに提供した「A Boy Named Sue」がグラミー賞を受賞している。
どんな歌なのかと興味が湧いて調べてみたら、Sueという(通常は女性につける)名前の若い男と、その名前だけをつけて去った父親との間の葛藤と赦しを描いた作品でありました。Youtubeでも見られると思うよ。

A Boy Named Sue -- by Johnny Cash

ちなみにキャッシュはカントリー/ロック歌手の大御所ですが、懐かしのTVドラマ「刑事コロンボ」の「白鳥の歌」の回でゲストスター出演しています。
他には、Dr. Hook & the Medicine Showの楽曲はほとんどと言っていいほど彼の手になるもの。「シルビアズマザー」とか「憧れのローリングストーン」を含めて。
それから、1975年にNHKの「みんなのうた」で、「パパおしえて」という彼の作品を岸部シローが歌っています。

シルヴァスタインを児童書の世界に引きずり込んだのは、本田訳のあとがきにも出ているけれど、友人のTomi Ungerer。
ウンゲラーは日本でも;

Crictor(1958年)
 へびのクリクター

The Three Robbers(1961年)
 すてきな三にんぐみ

Zeralda's Ogre(1967年)
 ゼラルダと人喰い鬼

などで知られている超有名絵本作家。1931年にフランスのストラスブール(アルザス地方の都市だから、時代からしてドイツ領有下だったのではないかと)に生まれているので、シルヴァスタインとは同年代なんですね。1956年に米国に移り住んでいる(今も存命ですよん)。

ウンゲラーによりニューヨークの出版社Harper & Row(現 HarperCollins)の児童書部門の伝説的編集者Ursula Nordstromに引き合わされ、以降、主に同社から;

Lafcadio: The Lion Who Shot Back(1963年1月)
 ライオンのラフカディオ(わじまさくら訳1987年)
 人間になりかけたライオン(倉橋由美子訳1997年)

A Giraffe and a Half(1964年11月)
 おかしなおかしなきりんくん(藤田圭雄訳1976年)
 ゆかいないっぴきはん(大島省子訳1988年)

The Giving Tree(1964年)
 おおきな木(本田錦一郎訳1976年12月/村上春樹訳2010年9月:実は藤田圭雄訳で1976年9月に実業之日本社からも出ているらしいけど不詳)

Who Wants a Cheap Rhinoceros?(1964年:英国Macmillan)
 おとくなサイはいかがです?(よしかわみちお訳1988年)

Uncle Shelby's Zoo(1964年:米国Simon & Schuster:没後の2008年にDon't Bump the Glump!と改題)
 コノヒトタチつっつくべからず(川上弘美訳2009年)

Where the Sidewalk Ends(1974年)
 歩道の終るところ(倉橋由美子訳1979年)

The Missing Piece(1976年)
 ぼくを探しに(倉橋由美子訳1979年)

A Light in the Attic(1981年)
 屋根裏の明かり(倉橋由美子訳1984年)

The Missing Piece Meets the Big O(1981年)
 続 ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い(倉橋由美子訳1982年)

Falling up(1996年)
 天に落ちる(倉橋由美子訳2001年)

Runny Babbit(没後の2005年:未訳)

とコンスタントに児童書を発表した。

ちなみに、講談社から刊行されるシルヴァスタイン作品はいずれも倉橋訳だったが、2005年に倉橋が没した後に出た「コノヒトタチつっつくべからず」では川上が訳した。

倉橋訳のものはツルは一切持ってません。資質が合わないんじゃないかということは前に書いたけど、一般的評価も高くないんだよね・・・

こうして見てくると、なんとなく、シルヴァスタインって結婚してなかった、あるいは離婚の1回や2回はしてるんじゃないかって風に勝手にイメージしてたんだけど、どうもよくわからない。

シルヴァスタインには2人の子どもがあって、1人目は1970年、Susan Hastingsとの間に娘Shoshanna(愛称Shanna)が生まれている。しかし、Susanは1975年に亡くなり、Shannaも1982年に11歳で病死した。その後、1983年に息子Matthewが生まれている。
1981年のA Light in the AtticはShannaに、1996年のFalling upはMatthewに捧げられており、また、Who Wants a Cheap Rhinoceros?(1964年)の1983年再版は、母親の死後Shannaを育てた彼女のおば、Marshall夫妻に献じられている。
(結局、結婚していたかどうか、息子の母親が誰なのかってところは明らかでないんだけど。)

これでわかったことがもう一つ。

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このL'Arbre au Grand Coeursで不思議なのは、冒頭の献辞が(少なくともツルが持ってる1988年の篠崎書林版では)「Pour Shanna」となっていること。英語版では「For Nicky」なのに。確か、どちらもシルヴァスタインの子供だと思いましたが・・・
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L'Arbre au Grand Coeurs(の1988年篠崎書林版)で献辞が「Pour Shanna」となっているのは、1982年に死んだ愛娘に捧げられたものなのかもしれない。あ、1973年HarperCollins版でどうなっているのかはわかりませんが。
ちなみに、本書が米国外で初めて出版されたのが1973年のフランスで、だから米国のHarperCollinsから出たんじゃないでしょうか。

ちなみに、Shoshannaとはヘブライ語でlilyまたはroseの意味なんだとか。
ここでまた、シルヴァスタイン本人の出自とともに、本書にヘブライ語版がある理由も明らかになるように思う。ユダヤ系なんですね。

To be Continued, Again...

2011年1月 9日 (日)

シルヴァスタイン:おおきな木 その7

・各国語版、調べてみたら出てくる出てくる。
北欧系だと、オランダ語版で「De gulle boom」、フィンランド語版で「Antelias Puu」など。

オランダ語版 フィンランド語版

「Helde puu」になるともうよくわからんっす・・・スウェーデン語かノルウェー語あたりなんでしょうかねえ。

スウェーデン語?ノルウェー語?

もっと珍しいところではヘブライ語版なんてのまで(@_@)誰が読めるっちゅうねん!

ヘブライ語版

・やや細部にわたるけど、村上訳には1ヵ所明らかに変な(とツルには感じられる)日本語表現がある。

原文
『And the boy grew older.
And the tree was often alone.』

本田訳
『ちびっこは すこし おとなになり
きは たいてい ひとりぼっち。』

村上訳
『少年はだんだんおおきくなっていきます。
木がひとりぼっちになることがおおくなります。』

わかります?2ページ分をまとめて出したのでちょっとわかりにくいかもですが・・・
「木が」じゃないでしょ普通。こういう場合、「木は」でしょうが。なんでこんなとこに妙に拘ったのかねthink
実際にはこの1センテンスのみが1ページに記されているので、村上訳の表現はかなり違和感を持ちました。
ここでも本田訳の日本語の磨き具合は光っているように思えます。

・ネット上の読者レビューを読んでいて一つ気になったのが、「たろうとはなこ」問題。
詳細は措きますが、原版(の画の中)には「M.E. & T.」、「M.E. & Y.L.」という言葉が出てくるところがあって、「M.E.」が「me」を、「T.」が「tree」を、「Y.L.」が「young lady」を意味していることは容易に想像がつく。
本田訳ではこれらが「たろう と き」、「たろう と はなこ」と日本語に描き換えられているんだけれど、これが許せない、そんなことを平気でやるような出版社もつぶれて当然、といった趣旨のやや過激な意見があったんですね(ま、確かに画像処理のしかたがいまいちヘタクソなんだけど)。村上訳では「ぼく と き」、「ぼく と あのこ」となっている。
ツルの周りでも、今どき「たろうとはなこ」はないだろう、「ぼくとあのこ」ならまだいいけど、という意見の方が多い感じ。
でもねー。イニシャライズした作者の意図からすると、「ぼくとあのこ」はちょっと違うでしょーっていう気がするんだよね。てか、落書きするのにそんな代名詞的客観的な書き方するヤツなんていません(笑)。やっぱ「エリカ&ツヨシ」「えびぞう&まお」って固有名詞を出すでしょうよ。「ぼくとあのこ」の方が優れているとどうして言えるのか。
ちなみに、フランス語版では「MOI & A.」、「MOI & J.F.」と変えられてます。ちょい中途半端。「J.F.」は「jeune femme」ですねきっと。

To be Continued, Again...

2011年1月 6日 (木)

シルヴァスタイン:おおきな木 その6

・悪ノリでさらに各国語版を調べてみたのだけど・・・
ドイツ語版(らしきもの)なんて、4つもある!あいにくドイツ語はまるでわからないんですがね。出版時期や訳者が違うのかなあ、日本語版みたいに。
「Der freundliche Baum」(画像ナシ)は1991年刊行らしい、Diogenes社から。
「Der freigebige Baum」(画像ナシ)は1998年、ミュンヘンのMiddelhauveから。
「DER GLUCKLICHE BAUM, Eine Geschichte vom Leben und Lieben」は2004年、Coppenrathから。ひょっとしてデンマーク語とかなのかも??と思って調べてみると、この版元、ドイツ第2の児童書出版社らしい。

DER GLUCKLICHE BAUM, Eine Geschichte vom Leben und Lieben

そして、「Der Baum, der sich nicht lumpen liess」は2010年、Kein & Aberから。これだけは訳者がHarry Rowohltであることがわかりました。

Der Baum, der sich nicht lumpen liess

この頻度は一体何なんだろう。よっぽどせっかちなはずの日本でも、旧版が出たのが1976年、新版が2010年だから、改訳されるまでに30年以上かかっているのに。

・ここで、旧版の訳者、本田錦一郎のことを少し。
この人、本職は英米文学研究者の北海道大学教授。いわゆる軟らかめの書物を出したのは多分これ一冊だと思います。
たまたま、ツルの会社の同期入社に北大文学部出身のやつがいて、本田教授の話をしてくれたことがある。温厚な人柄の「いい先生」であった由。

・その本田錦一郎は、2007年1月2日に死去している。

本田錦一郎氏

以下は、さるサイトからの無断転載(こらこら)。最も的確にして、かつ深い愛惜の念が感じられます。

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2007年3月3日
本田錦一郎先生のこと

『おおきな木』 ― この作品を『おとなを休もう』で知った方も多いと思います。
原作はシェル・シルヴァスタイン(米)、そして翻訳は北海道大学名誉教授の本田錦一郎先生です。本田先生は、英米文学の教授として、エリオットなどの研究書も数多く著されています。
 その中で『おおきな木』は異例に近い児童文学作品翻訳のお仕事でした。
この作品を読むとき、私は「唯一無二」ということばを思います。
この作品には、どうしたってこれ以上の名訳はないと確信するからです。
英米文学だけでなく、古今東西の思想、哲学に対する深い教養と知識、そしてなにより先生のお人柄・人間性、全てがこの一冊に凝縮され、作品に反映されました。
先生の思想、哲学がバックボーンとしてしっかりあったからこそ、成し得た翻訳だったのです。
ことば(単語)一つ、フレーズ一つとっても、先生の思想、知識を反映し厳選されています。
ことばが少なく、単純であればあるほど、その作業はたいへんだったと思います。
もう、ここまでくると翻訳であっても翻訳者の作品といっても過言ではないと思います。
以前先生に、「この作品は、もう先生の作品ですね」と申し上げたことがあります。すると、「みなさん、そう仰ってくださいます」と嬉しそうにお答えいただいたのが印象的でした。
それくらい、先生ご自身も渾身の力でこの作品に対峙し、自分のものにしてこられたのだと思うのです。
私は『おとなを休もう』を編集したとき、冒頭作品に持ってくるのはこれしかない、と確信していました。それほど思い入れの強い作品でしたし、私自身、一番感動した作品でした。
先生も、この作品を冒頭作品にもってきたことをとても喜んでくださいました。
そしていつも、一番私のことを応援してくださいました。
その本田先生が、天国に召されました。80歳でした。
昨年9月に電話でお話したときには、体調は(一年近く前から)崩されてはおられたものの、快活にお話してくださったのに…。そして必ずお会いしてお話をすることをお約束したのに…。
先生の愛情溢れるお人柄も、また魅力的でした。生徒たちもよく遊びにきたそうです。
私にも「すばらしい本を作ってくれて、どうもありがとう」と仰ってくださいました。
すごく悲しいです。散々泣きましたが、またこうして書き始めると、先生の声を思い出して泣けてきます。先生は私にとって、まさに『おおきな木』でした。
吉祥寺のヴィレッジ・ヴァンガードという書店兼、雑貨屋さんには、『おおきな木』に次のようなポップがはってあります。
「この本と生きていく。ぼくの子どもも、その子どももこの本と出会うんだろうなぁ!」
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To be Continued, Again...

2011年1月 4日 (火)

シルヴァスタイン:おおきな木 その5

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「The Giving Tree」という英語は極めて翻訳の難しい題名だと思うけれども。だから、各国語でさまざまな訳出がなされているようです。
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・そうなんです。どこもいろいろがんばってるんだよねー。
例えば、イタリア語版は極めてシンプルに「l'albero」、「The Tree」という感じ。

イタリア語版

スペイン語版だと「El Arbol Generoso」、英語にもgenerous(寛大な、気前のよい)という単語がありますね。

スペイン語版

面白いのはフランス語版で、どうやら「L'Arbre au Grand Coeurs」、「L'arbre genereux」という二つの版があるんです。coeursはheartのこと。

フランス語版(1988年版) フランス語版(1995年版)

二つのフランス語版のうち、前者はHila Feilの訳になるもので1973年刊行、なぜか米国のHarperCollinsから出ている。前回紹介した英・和・仏の3冊ボックスセットに入っているのもこれですが、そちらは1988年刊で出版元も日本の篠崎書林なんです。これ以上の詳細はわからないけど。
このL'Arbre au Grand Coeursで不思議なのは、冒頭の献辞が(少なくともツルが持ってる1988年の篠崎書林版では)「Pour Shanna」となっていること。英語版では「For Nicky」なのに。確か、どちらもシルヴァスタインの子供だと思いましたが・・・

ここらへん後者のL'arbre genereuxではどうなってるんだろう、持ってないからわからないんですけどね。
こちらは現在フランスで出回っている版みたいで、1995年刊らしい。Editions de l'ecoleというところから出ているようなんだけど、これってほんとに出版社名なのかなあ。
この表紙には「l'ecole de loisirs」とも書かれていて、これは多分副題だと思うのだけれど・・・(だけどそれはほんとかな)。loisirはleisureのことじゃなかったっけ。

・村上訳だけでなく、本田訳の訳者あとがきも見てみませう。長くなるけど敢えて引用。この訳の指向する深い思索性については、次の一節を避けては通れまい。

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(前略)『自由からの逃走』の著者、エーリッヒ・フロムが、かつて愛を論じたとき(『愛するということ』1956年)、「愛とは第一に与えることであって、受けることではない」と主張したのを、記憶している人も多かろう。これこそ、この物語に貫流する中心的な思想なのである。しかし、「与える」とはなにか。なにかを断念することか、奪われることか、あるいは喪失することか。いや、そうではないとフロムは言う。「与える」ことは人間の能力の最高の表現なのであり、「与える」という行為においてこそ、人間は自分の生命の力や富や喜びを経験することになる、と考える。一本のりんごの木は、この主張そのままに、ひとりのともだちに、自分の肉体をけずって、木の葉を与え、果実を与え、枝を与え、幹を与え、すべてを与える。母性愛さながらに−。しかも、ここで、もっとも重要かつ微妙な問題は、この「与える」行為に、犠牲の行為を見てはならないという一点であろう。犠牲には悲劇的な感情がつきまとうのが常であるが、りんごの木が、ただひたすら喜びを見出していたことに読者は注目すべきである。すなわち、エーリッヒ・フロム同様、シルヴァスタインにとっても、「与える」ことは、あふれるような生命の充実を意味しているのであって、犠牲的喪失を意味しなかった。こうして、一箇の切株になってもなお「与える」ことを忘れないりんごの木に、言い知れぬ感動があるなら、その感動こそ、「犠牲」ならぬ真の「愛」のもたらすものにほかならないのである。
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うーむ!まさにこの一節によって、このお話は完結するのである。いやー、ごつごつしてますね(いい意味で)。絵本のあとがきでエーリッヒ・フロムの文字を目にするとは思わなんだ。
このあとがきも何度読んだだろう。愛情論、幸福論の根幹に触れるとこまでいっちゃってるんである、ツル的には。

・この本、ツルはいろんな人に見せたことがある。この根底にある思想にすっと乗ってくる人、そうではない人。前者に対して、同じ種を持っているという親近感を抱きやすかったのは確か。後者を受け入れなかったわけではないけどさ。
うーん、今から思えば、この本が人柄をはかる踏絵あるいは試金石になっていた時期があるのだ(と思う)、わたしは。

・ツルは当初、この物語はいかにもキリスト教的な世界観を現したものだと思っていた。上昇する愛、エロスに対するものとしての、下降する愛、アガペ(高校時代の倫理社会の授業みたい)。
でも、ある人から、「この本の説くところは仏教なかんづく般若心経の心に近い」と指摘されて驚いたことがある。
大学を病気休学して福岡に戻っていた頃、高校の友人の家に遊びに行ってこの本の話をしたことがあったんですね。まあ、彼が恋愛関係で悩んでいたってなこともあって。それをたまたま傍らで聞いてた彼の母上が、ツルの話がどうも気になって本屋で探され、いたく感ずるところがあった由。後日ツルの入院先に見舞いに来られて上記の話を伺いました。
このご家庭もちょっとした名家なんだけど、当時不祥事に見舞われたりして、母上は救いを求めておられたところがあるようでした・・・あれも一期一会だったなあ。

To be Continued, Again...

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