蘊蓄Field:似て非なるもの

2015年11月20日 (金)

似て非なるもの − 姿の仏法僧 vs 声の仏法僧

≪魚鳥木申すか?≫ ≪申さぬ申さぬ≫

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【2015.10.23「いはばしる バイクの臀の プレートの;B」】

ブッポウソウにも興味深いエピソードがあるのだけれども、ここんとこは割愛しまして・・・。
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瑠璃色の入った、可愛らしい鳥です。これは有名な話だから、愚blogで取り上げずとも、とは思うのですがね。面白いので。

宮崎県西諸県郡高原町(にしもろかたぐん たかはるちょう)の「町の鳥」となっているブッポウソウ科のブッポウソウ/Eurystomus orientalisは、古来「仏・法・僧」を讃えて音に鳴く有り難い霊鳥と考えられていたところ、その鳴き声が実はフクロウ科のコノハズク/Otus scopsのものであったと解明されたのは、昭和に入ってからのこと。社会的に大きな話題となったらしい。爾来、このブッポウソウ科のブッポウソウを「姿の仏法僧」、コノハズクの方を「声の仏法僧」と呼んだりもするわけです。

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(Wikipedia:多少表現を整えています)

森の中で夜間「ブッ・ポウ・ソウ」と聞こえ、仏・法・僧の三宝を象徴するとされた鳥の鳴き声がこの鳥のものであると信じられてきたため、この名が付けられた。しかし、実際のブッポウソウをよく観察しても「ゲッゲッゲッ」という濁った鳴き声しか発せず件の鳴き声が直接確認できないため、声のブッポウソウの正体は長く謎とされていた。
結局のところ、この鳴き声の主はフクロウ目のコノハズクであり、このことが明らかになったのはラジオ放送が契機となった。

1935年(昭和10年)6月7日、日本放送協会名古屋中央放送局は愛知県南設楽郡鳳来寺村(現在の新城市)の鳳来寺山で「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥の鳴き声の実況中継を全国放送で行った。その放送を聞き、鳴き声の主を探し回った者が、同年6月12日に山梨県神座山で「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥を撃ち落としたところ、声の主がコノハズクであることがわかった。時を同じくして、放送を聴いた中から「うちで飼っている鳥が同じ鳴き声をする」という者が出てきた。6月10日にその飼っている鳥を鳥類学者黒田長禮が借り受け見せてもらうとコノハズクであり、神座山で撃ち落とされたのと同日の6月12日早朝に、この鳥が「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴くところを確認した。その鳥は東京浅草の傘店で飼われていたもので、生放送中、ラジオから聴こえてきた鳴き声に誘われて同じように鳴き出したという。この二つの事柄はその後日本鳥学会で発表され、長年の謎であった「ブッ・ポウ・ソウ」の鳴き声の主がコノハズクだということが初めて判明した。
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んまァ!日本人ってなーんて素敵なの!鳥の鳴き声の正体確かめるために国じゅう放送しただなんて!!しかもリアルタイムの生でですよ。まだテレビが普及する前だよね。
黒田長禮(ながみち)は旧筑前福岡藩黒田家の第14代当主だった人です。つまり黒田官兵衛の末裔。

実はこの話にはもっと面白いAnecdoteがついている。くだんのラジオ中継は6月7日の夜に放送されたのですが・・・

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午後9時55分から30分間放送し、その間よく鳴いたが、放送中や放送後にゲストの俳人・荻原井泉水[引用註:おぎわら せいせんすい]、歌人・川田 順、愛知県史蹟天然記念物調査委員・梅村甚太郎の3人の話がうるさいという非難の電話が殺到した。これを踏まえて、翌6月8日はゲストを呼ばずに鳴き声だけにする(番組内容を伝えるアナウンサーだけを置く)こととし、前日と同じく午後9時55分から30分間放送したところ、この晩もよく鳴き、放送終了後、前日とは打って変わって絶賛の電話が殺到した。
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うははははははsign01延々30分間、仏法僧ことコノハズクの声だけを流し続けたんかいな!?ますますもって素晴らしいがなsign03この日本最小のフクロウくんも大いに面目を施したわけです。

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「魚鳥木申すか」云々のフレーズは、ツルが小学生の頃にやってた遊び、福岡県大牟田市で。どんな遊び方だったかもあらかた忘れてしまったけれどweep、言葉遊びみたいなもの。同じ県内でも福岡市ではやったことがなかったので、筑後地方限定のものかと思ってたんですが、調べてみたら全国に伝わっているようです。

・・・かくして平安のいにしへよりの不思議も、幼子のむかしよりの胸のつかへも暁のひかりと共に露と消えたるとなむ、語り伝へたるとや。あらあらかしこ。

2015年11月19日 (木)

似て非なるもの − アズサミネバリ vs ヨグソミネバリ

≪魚鳥木申すか?≫ ≪申さぬ申さぬ≫

えー、もともと植物おたくの園芸blogではあったので、このことは気になっていた。

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【2015.10.23「いはばしる バイクの臀の プレートの;B」】

一般的には櫛と言えばツゲ/黄楊/Buxus microphyllaだから、知名度の全くないミネバリ/峰榛/Betula schmidtiiなる材を宣伝するために作られた伝説なんでしょう。
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峰榛というのも混乱の多い木です。ここでいう峰榛、つまり長野県木曽郡木祖村の特産品「お六櫛」を作る植物は、高木となるカバノキ科カバノキ属のオノオレカンバ/斧折樺/Betula schmidtiiのこと。成長が遅くて目の詰まった硬い重い材に育ち、イスノキや外来のタガヤサン同様、箸などに加工される(櫛材になるとは知らなかったけど)。またの名をアズサミネバリ/梓峰榛という。

これに対し、同じカバノキ属に一名ヨグソミネバリ/夜糞峰榛と呼ばれる木がある。サリチル酸メチル(サロンパスとか、ね)を多く含んで特有の臭気があるからこんな奇天烈な名前がついたんでしょう。こちらは標準和名ミズメ/水目/Betula grossaのこと。

さらに。同じくカバノキ科のハンノキ属のヤシャブシ/夜叉五倍子/Alnus firmaのこともミネバリと呼ぶことがあるそうな。こちらは松ぼっくりを超小さくしたような果実にタンニンが多く含まれてて、染料に使われます。
中学の頃家族で登った霧島の高千穂峰に、実をつけたこの木が登山道に沿ってたくさんあって(あるいはヒメヤシャブシ/Alnus pendulaだったかも;土留めのために植えられてたんだと思う)、木彫を趣味にしていた母親が狂喜乱舞してたっけ。木彫りの仕上げの色付けにはこの実を煮出した褐色の液を塗り重ねるのが最上とされていて、その時はだいぶ集めました(微笑)。熱帯魚用のブラックウォーターを作るのにも使われるのじゃないかと思うけど未確認っす。

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オノオレカンバ=アズサミネバリやミズメ=ヨグソミネバリの別名にはさらに単なるアズサというのもあって、これがまた大層錯綜している。

まず、現代中国語では、「梓」はノウゼンカズラ科キササゲ属の木本、キササゲ/Catalpa ovataを指す。和名のキササゲは、果実の莢の形状がマメ科ササゲ属の草本、ササゲ/Vigna unguiculata(しばしばお赤飯にアズキ/Vigna angularisの代わりに用いられてます)に似ているところから来ている。
キササゲの果実は近縁のトウキササゲ/Catalpa bungei同様、日本薬局方に収録されている生薬で、民間療法的に利尿薬(つまりむくみ取りね)として用いられます。

次に、「梓」の字のつく言葉としては「上梓」「玉梓」「梓弓」あたりが思い浮かぶわけですが。

書籍を出版/刊行することを「上梓」とも言うのは、梓の材を版木に使ったことによる。
「玉梓/たまずさ」(「玉章」とも)の語も同じOriginなのかと思ってたらだいぶ違っていて、昔、便りを伝える使者は梓の杖を持っていたところから、「使者」の意味でこの言葉が使われ、それが転じて「手紙」、特に艶っぽいものを表すようになったそうな。「玉梓の」とくれば「使ひ」「妹/いも」を導く枕詞になってます。

「手紙」にはもっと雅びに「雁の玉章」「雁の使い」てな言い方もある。漢の蘇武が匈奴の虜囚となっていた時、便りを書き綴った帛を故郷のかたへ渡る雁の脚に結わえ付けて漢帝のもとへ・・・って、きりがなくなるからこの辺で。
愚blogでも何度か取り上げてきた中 勘助(1885.05.22〜1965.05.03)の短編集「鳥の物語」にある「雁の話」はこれに基づいたストーリーで、元は「漢書蘇武伝」に出てくる話です。

一方、「梓弓」は古来本邦で神事に使われ、出産等の際の魔除けの儀式の定番「鳴弦」もこれで行う決まりだったらしい。しかし、この風習は一部を除いて早くに廃れたことから、この「梓」が何の植物を表すのかについても諸説紛々としていた。現在では、正倉院中倉の収蔵品の梓弓の科学的分析から、これをミズメつまりヨグソミネバリとするのが通説になっている由、QED。「梓弓」なら「張る」「春」などにかかる枕詞です。

こってりおまけ。梓弓に対して「我こそまことの弓」の意味で名づけられたとされるのがニシキギ科ニシキギ属のマユミ/真弓/檀/Euonymus hamiltonianus。紅葉や実の美しい木ですが、実際に弓の材料となるほか、これも印鑑や櫛に加工される。
「まゆみ」と打てば「檀」と出てきますよ。宝塚出身の女優、檀 れい(ツルの大嫌いな「金麦」のCMに出てるヒトね)は「だん れい」だけど、これは本名の「山崎まゆみ(及川光博と結婚した後は及川まゆみ)」をいろいろ置き換えたものです。
檀 ふみは本名。火宅の人、父親の作家檀 一雄から受け継いだ名前ね。(NHKの「連想ゲーム」が懐かしいですhappy01
壇 蜜は「檀」じゃなくて「壇」。「仏壇」と「お供え」を表した芸名だそうで( ; ゜Д゜)。本名は齋藤支靜加( ; ゜Д゜)( ; ゜Д゜)。

ああ、蘊蓄炸裂ぶっぱなし。

2012年11月 4日 (日)

似て非なるもの − 大阪万博 vs 愛知万博

2005年の愛・地球博の時、確か「大阪万博以来初のEXPO!」的なことをアピールしていて、一体これは何なんだろと思った記憶があったんで、調べてみた。

厳密には、「国際博覧会」or「万国博覧会」つまり万博と呼べるのは、「国際博覧会条約」に基づき「博覧会国際事務局」(BIE:パリ)で承認されて開かれるものだけ。
で、これには「登録博(旧:一般博)」と「認定博(旧:特別博)」の区分があって、例えば今年開催された韓国の麗水/ヨスは海洋をテーマにした認定博です。

昔懐かしい1970年の大阪万博すなわち「日本万国博覧会」は当時の一般博。開催するにはまず国内で上記条約の批准承認手続が必要というわけで、日本は開催申請直前に国会で決議したそうな。来場者数は実に6,400万人超(@_@)

大阪万博

これとパラレルな関係に立つものは、今のところ、愛・地球博or愛知万博のみ。日本で開かれた唯一の登録博ということになってます。(目標1,500万人→実績2,200万人)
ただこれも、特別博として申請中に制度が変わり、認定博になるのかと思ったら登録博で開催されたという経緯があるそうで。

1975-76年の海洋博すなわち「沖縄国際海洋博覧会」(450万人→350万人)、1980年のつくば博すなわち「国際科学技術博覧会」(2,030万人)、1990年の大阪の花博すなわち「国際花と緑の博覧会」(2,000万人→2,310万人)はそれぞれ当時の特別博だった由。
つまりは分野が一つだけか二つ以上にわたるかという区分だった。

これが、淡路花博すなわち「ジャパンフローラ2000」や、浜名湖花博すなわち「パシフィックフローラ2004(および第21回全国都市緑化しずおかフェア)」(540万人)になると上記には該当せず、国際園芸家協会(AIPH:ハーグ)の認定する「国際園芸博覧会」という位置づけ。

より正確を期すると、大阪花博はAIPH認定の「大規模国際園芸博覧会」であり、従って当時BIEにより「国際博覧会」として自動承認された、ということらしいです。
淡路と浜名湖は「小規模国際博+大規模国内博」認定という格づけね。

60億円の黒字を叩き出したポートピア'81すなわち「神戸ポートアイランド博覧会」(1,610万人)、90億円の大赤字を残した1988年の札幌の「世界・食の祭典」(目標400万人→実績170万人)、1989年の横浜みなとみらい21地区の「横浜博覧会」(1,333万人)、同年の福岡のよかトピアすなわち「アジア太平洋博覧会」(誰も覚えとらんか;でも目標700万人→実績823万人)、1995年に中止に追い込まれた東京お台場の都市博すなわち「世界都市博覧会」(1996年予定)、成否もいろいろあるけどこれらはみな「地方博」というポジション。

こうして見てくると、つくづく、「万国博」というイベントの意義の低下が感じられる(そんなもの、二昔も前から言われてたじゃねえかよ)。
海外旅行はおろかガイジンさんを街中で見ることも少なかった頃の日本に「世界」が大挙してやってきた大阪万博や、アメリカから返還(1972年)されて間もない時の沖縄海洋博と、ネットが世界をつないでいる今とでは、国際性が違うことはもちろんだけどさ。

70年代の博覧会とは何が違うのか。一言で言えば、「熱気」とか「輝き」としか言いようがない気がする。
ツルは大阪万博の時はまだ小2で行かせてもらえなかった(「そんな人混みの中に出て行ったら身体壊すばい!」的な感じで)けど、海洋博は体験しましたよ、母親と二人で。中1の少年の目に沖縄は確かに違って見えた。

沖縄海洋博

あ、これって、札幌五輪(1972年)と長野五輪(1998年)の違いでもあったような気がします(さすがに1964年の東京五輪は記憶にないぜよ)。

そもそも、人類の文明の進歩とかその将来の展望とか、そういったものをテーマに据えること自体、終焉に近づいてるってことでしょう。20世紀型の、工業化を前提とした科学技術はもう万博のテーマたり得ないかもしれない。「ものづくり」を決して否定するわけじゃないけれど。

それでもまだ、日本でオリンピックを開くなんてのよりはまだいいかも、なんて思っちゃったり思わなかったり。
つまりはオリンピックも、万博になぞらえて言えば特定分野の特別博ってことでしょ。いくら「スポーツの感動を!」と言ってみたところで、例えばテレビの販売台数にも表れているように、スペシャルなイベントとしての神通力は衰えているはず。オリンピックイヤーだからといってテレビが(あるいはパソコンが?)ばんばん売れまくる、なんてことはもうないわけです。ならば、万博の登録博/一般博みたいな多分野モノをちゅどど〜〜んと打ち上げた方が、「がんばろう日本」とか「この国を元気に」なんて観点からは「効果的」なのかも。

現実的には、そんなお祭り騒ぎより前にやることがある、日本が元気になっていくためには東日本大震災にまつわる諸々の問題を避けては通れないだろ、と思いますが。乱暴に言えば、そここそが1995年の阪神淡路大震災と違うところなんじゃないのかと。

あ、そういう風に考えていくと、「日本震災復興博」とか「地球温暖化防止博」「少子高齢化博」「世界医療向上博」「緑化農業食糧博」てな考えに行き着いてしまうのか。あんまり元気にもならんかしら。
その意味では上海万博が最後の20世紀型万博だったのかも。

現在のBIEの規定では、国際博覧会の登録博は前回開催から5年の間隔を置くことになっているそうで、2005年の愛知の次が2010年の上海だった。へー。次はミラノなんだとか。どんなテーマ性を盛り込むんでしょう。

2012年2月26日 (日)

似て非なるもの − 浄瑠璃 vs 義太夫 vs 常磐津 vs 清元

> 「義太夫」は義太夫節のことでつまりは伴奏音楽だけれども、このあたりがやれ浄瑠璃だ義太夫だ常磐津だ清元だとまたややこしそうなので今回は飛ばしてと。
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ここんとこお勉強ネタが続いておりやす。

調べてみたら浄瑠璃というのは、三味線を伴奏に「語る」音曲の総称で、主に舞台音楽に用いられた。義太夫や常磐津や清元というのはその中の流派のことなんだそうな。
同じく三味線を用いる舞台音楽でも、「唄う」ものである長唄とは基本から異なる、らしい。

「浄瑠璃」の名は、室町中期の御伽草子「浄瑠璃十二段草子」、別名「浄瑠璃物語」に由来する。
これは牛若丸と浄瑠璃姫の悲恋物語で、浄瑠璃姫の名前は、子宝に恵まれぬ両親が薬師如来に願掛けしてついに得た娘であったため、薬師如来の浄土「浄瑠璃世界」に因んでつけたものであった。おおー。
(さらに言えば、「浄瑠璃」とは、仏典にいう七宝にも必ず入っている鉱物の瑠璃、すなわちラピスラズリの清浄 or 透明なものを指すのではなかったかと。一方、玻璃と言えば水晶 or 硝子のことで、「浄玻璃の鏡」は閻魔大王の前にあって人間の生前の善悪所業一切を隈なく映し出す鏡である)

これに巡遊伶人たちが音曲をつけ仏の功徳を説いて回ったのが「浄瑠璃」の起源だとか。主に平曲(平家物語)を演じていた琵琶法師たちが新しいジャンルに飛びついたというところもあったらしい。
ここに、中国→琉球と伝わった三線をルーツに持つ三味線が結びついて飛躍的な発展を遂げる。日本に入ったのが1560年前後らしいから、鉄砲公式伝来から10年ほど経ったあたりですか。ちなみに三味線の撥は、琵琶で使っていたそれを採り入れたもので、表現力を高めるため日本で工夫されたもの。
さらにこれを操り人形の傀儡師/くぐつし/かいらいしが伴奏として取り込んでいき、「人形浄瑠璃」と呼ばれる新たな芸能が確立していく。

浄瑠璃には古くは河東節/かとうぶし、大薩摩節、一中節/いっちゅうぶしなどなどの流派があり古浄瑠璃と総称されるが、1684年頃、大坂で義太夫節の竹本義太夫が竹本座を開き、近松門左衛門と組んだことにより芸術性を高め、義太夫節と人形芝居が一体となった人形浄瑠璃が完成を見た。ちなみに菅原伝授も千本桜も忠臣蔵も人形浄瑠璃版の初演はこの竹本座です。

ということは猿楽や能・狂言とは兄弟に当たることになりそうだ。そのせいかどうか、人形浄瑠璃を歌舞伎より格上と見なす考え方が今でもかの業界には厳然と存する。能狂言と同じですなあ、ハァ。

でもね。観阿弥・世阿弥父子が室町三代将軍足利義満の前で猿楽能を演じたのが1375年頃、世阿弥が風姿花伝を著したのが1400年頃。
出雲阿国が北野天満宮で興行して評判を取ったのが江戸幕府成立と同じ1603年、「かぶき踊り」が中心だった女歌舞伎や若衆歌舞伎から現代の歌舞伎劇につながる野郎歌舞伎となったのが1652年。
なんだ、むしろ人形浄瑠璃の方が歴史が浅いとも言えるんじゃないのか??ちょっと意外。
それでもなお歌舞伎の地位が低いとされるのは、河原者とか遊女とか蔭間とか、そのあたりの歴史がstigmaになっているからなのだろうか。

浄瑠璃はその後も次々に流派を生んでゆく。京都の一中節から生まれた豊後節は江戸に下って常磐津節・富士松節を生み、前者の常磐津節は江戸歌舞伎の伴奏音楽として隆盛を見たほか、さらに富本節→清元節を派生する。
後者の富士松節は新内節/しんないぶしに発展して門付けを中心に行われるようになる(吉原なんかの「新内流し」っちゅうやつですな)。
うわー、ここまでですでに10種類の○○節のオンパレード!誠に畏るべし、浄瑠璃世界。

要するに浄瑠璃の諸流派は、それぞれの創始者の名を冠したいわば名人芸として成立し、次の代にはまた新たな流派が生まれるという流動的な状態だった。
新しいものを生み出すことが重要な役割(目的?)の一つであったり、新しいものを生み出せなければ廃れていったり。歴史や格式よりそっちの方が大事だったのではないか。ああそうか、伝統芸能ではなくて流行音楽だったとは、つまりこういうことなのか。

このうち、人形浄瑠璃と不可分の関係になったのが「義太夫節」で、だから歌舞伎のうち人形浄瑠璃から採られた演目(だけ)を「義太夫物」「義太夫狂言」と呼ぶわけだ。
一方、豊後節系の浄瑠璃、特に「常磐津節」、「清元節」は人形浄瑠璃から離れて歌舞伎と結びつき現在に至る。

うーん、まだこんがらがりそうだなあと思って見ていたら、ふと気づいた。「人形浄瑠璃」の名称の中に「浄瑠璃」という総称が入っているところが曲者なんだ。「人形芝居」と置き換えて考えるとか、いっそ「人形義太夫」と呼ぶとかすればless confusingのような。

人形浄瑠璃を文楽とも呼ぶのは、さらに下って1790年あたりに植村文楽軒が大坂に建てた人形芝居小屋を、明治になって文楽座と称したことに基づいている。劇場(or その創始者)の名前が芸能そのものを意味するようになった次第。
あ、それも正確じゃないか。日本各地に「文楽ではない人形浄瑠璃」も伝わっていますよね、地歌舞伎もある如く。

上演形態の違いは内容にも差異をもたらすわけで、義太夫は「歌う」<「語る」の傾向が最も強く、浄瑠璃の「語り物」としての性格が顕著に表れた重厚な芸風である。
人形浄瑠璃の場合、人形(遣い)が「語る」ことはないわけで、状況説明のト書きから科白まで全て義太夫が受け持つことになるから、自然このようになっていったんだろう。言ってみれば音楽つきの朗読、朗読つきの人形劇。
ただし、義太夫節といっても歌舞伎の場合は役者が科白をしゃべるわけだからまた少し別で、この義太夫は特に竹本といったりするらしい。

対して、江戸で育った浄瑠璃ではより「唄う」という音楽的要素が強い。艶麗と豪壮と洒脱を兼ね備えた常磐津、これが長唄と接触してさらに洗練され繊細な情趣を追求した清元はいずれも歌舞伎の音曲としてもてはやされたほか、舞台を離れてお座敷芸や素人の習い事にまで広まってゆく。
落語なんかでも艶っぽい常磐津のお師匠なんてのがよく登場しますね。

用いられる三味線の種類にもこうした差異は表れ、義太夫では津軽三味線などと同じ太棹で、より低音の力強い響きを特徴とし、太夫の白熱した語りを盛り上げる。このあたりは琵琶の音色をなんとかこの新しい楽器に移そうとした先達の努力の賜物か。
これが常磐津や清元だと中棹、長唄では細棹になる。

もちろん、これだけの諸流派の中には廃れていくものもあるわけで、常磐津と清元との中間的な位置にあった富本は昭和に入って事実上の消滅状態。河東節も、現在の歌舞伎では唯一「助六由縁江戸桜」の冒頭(しかも成田屋宗家、市川団十郎 or 市川海老蔵の演じる場合のみ!)にしか使われず、専門の演奏者もほとんどいないため、興行の際にはアマチュアの愛好会の人たちが交代で演じるのだとか。

それでもねー、ぶっちゃけ、流派はこれからも減っていくんでしょうね。どれだけの人がこれら各種の浄瑠璃を「これは○○節、あれは△△節」と聴き分けられるのだろう。後継者難とは古典芸能や伝統工芸につきものの言葉ではあるけれど、そもそも需給のバランスが崩れた世界。実はまだ多すぎる、というのが厳しい真実なのかもしれない。
文楽も松竹の撤退(1963年)以後、既に商業ベースでは成立せず政府予算で保っている状態だし・・・

2011年11月 6日 (日)

創作メモ

金田一数珠丸(男)
年齢不詳 風来坊探偵

当主(男)
60歳 南方のバナナ貿易で財を成した金満紳士 九州博多出身 無教養で粗野な男だが引き取った姪に実の娘同様の愛情を注いでいる
 薮椿亀乃進男爵
 薮椿与太郎
 薮椿金太郎
 金椿満悟郎
 金椿世太郎
 金倉満太郎
 椿好之輔

玉之浦(女)
25歳 男爵の姪 無類の園芸好き
 玉之裏ツル代
[(故人)存命なら50歳 ツル代の母 男爵の妹]
 玉之裏百々千世

夕月(男?)
50歳 男爵の本家(変?)or分家 京都で食い詰めた貧乏公家 東京の男爵家に身を寄せる [和歌の家柄 裏の顔は陰陽師]
 宇多野小路月並斎[麿]
 月並[波]小路宇多之督[頭]
 薮小路幽[夕]月斎
 夢小路三日月麿
 茗荷小路湖月斎
 名賀野渡闇月斎
 三日月夕賀[香佳]里
 京月宇多麿
 日月院馬角斎

金世界(男)
85歳 男爵家の菩提寺の老住職 男爵家の大恩人
 雪椿山金鶴寺 世界坊和尚
 [椿樹山]金福[龍]寺 世界坊和尚
 金地院天界[海]和尚
[or35歳 和尚の孫(or子[or遺児])(僧侶なのに?隠し子?)]
 金満世界丸
 世界一金盛丸
 梵天丸

仏桑華or槿(女×2)
15歳 男爵の兄/姉/弟orいとこの[養女であり実は]孫娘 双生児の姉妹
 扶桑院葵・菫
[(故人)男爵の兄/姉[/弟]orいとこ 出家僧or神官]
 萬之丞/萬寿重65歳
[亀乃進男爵60歳]
 萬次郎55歳
[百々千代50歳]
 扶桑院幸[恒光]萬法師[斎/翁]
 扶桑院[山]上[明]萬尼

百日紅(女?)
30歳 男爵の小間使い 実は愛人 おきゃんな姐御肌
 猿尾[生]ヶ瀬紅緒
 猿渡里茜[朱音]
 猿ヶ京緋美子
[年齢不詳 下男 ツル代の亡母から命に代えても娘を守れと命じられている 無口]
 猿三

75歳 婆や 話好きの江戸っ子
 お種

柊/黐(男)
60歳 七年前に失踪したツル代の実の父 男爵とは無二の親友 [実は九州の隠れ切支丹]
 棘林柊麻呂伯爵
 柊林棘麻呂
 柊林鋭次郎
 棘宮柊司
 ホーリー
 [玉之裏百々千世]

珍宝 三尺芭蕉!

一ッ松
羽二重
三田村
四王寺
源五郎丸
五色沼
六反田
上七軒
八丁堀
九品仏
十文字
五十鈴
九十九
五百旗頭(イオキベ)
三條西
西高辻
東国原
北御門
南波照間(パイパティロマ)
御子左
左文字
左右田
仲村渠(ナカンダカリ)
種子島
有栖川
龍造寺
神宮司
鬼龍院
薬師丸

『空中庭園の奇妙な事件』(Short Version:似て非なるもの − ヒイラギ vs セイヨウヒイラギ)

【『嬉しいことー、その後。』改題&刈込】

必死で辻褄合わせ(*)やってたら、なんだかダラダラ長くなるだけで、当初のバカバカしさのスピリットみたいなのが失せ飛んでしまったので、凝縮のShort Version復活です。ま、中島敦「山月記」的に(こらこら)。ぶっちゃけ、横溝正史の「犬神家の一族」、いやむしろ「悪魔が来りて笛を吹く」の不出来パロディですが。

*:絢爛たる一族の話のハズなのに当主とその姪しか出てこないのは物足りないし、そうなると皆苗字が違うのに合理的説明つけなきゃいけないし、犯人は何故こんなことをしたのか、そもそもどんな犯罪が行われた(行われようとした)のかが書いてないしで。一方、犯人(or送り主)は結局誰だったのか、木の種類を間違えるとどうしてそんなにマズいのか、なんて核心を書くつもりはハナっからなかったんだけど。(しっかしバカさ加減をなくさないようにするのにはほんと苦労したすよ^^;)

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謎を呼ぶ斑入りの木

(薮椿邸、秋色深まる空中庭園@下丸子を臨む応接室にて)

金田一数珠丸探偵:
「・・・あの朝、一族の方々は、何者かから届けられたあの木をヒイラギだと皆さん信じ込まれた。しかし、そこに犯人の巧妙な心理トリックが隠されていたのです」

玉之裏ツル代:
「ええっ金田一先生、でもあれは間違いなく斑入りヒイラギだったはずですわ。犯人からのメールにも確かに『ヒイラギの件』と・・・」

数珠丸探偵:
「いいえ、そうではないのですよ。思い出して下さい皆さん、初めにあれがヒイラギだと言い出したのはどなただったでしょう?」

薮椿亀乃進男爵:
「そう言やぁ・・・ありゃああんた、ツル代しゃんやったばい」

数珠丸探偵:
「そうなのです。小包には六つの鉢植えが入っていました。植物の好きな貴女は素敵な贈り物だわと喜んで、一鉢ずつ取り出していかれた。まず、貴女と同じ名前を持つ薮椿の銘花『玉之浦』」

ツル代:
「そうです、あれこそわたくしが長いこと探し求めていた椿でした」

玉之浦(上柄!)

数珠丸探偵:
「そして白一重の雪椿『夕月』、錦葉椿の『金世界』。それから百日紅、仏桑華と順に声に出していかれて、最後に貴女は、まあなんてきれいな斑入りの柊かしらとおっしゃってあの木を取り出されたのです。いつも庭仕事に精を出しておられる貴女のツルの一声で、居合わせた一族の方は皆あれがヒイラギだと信じてしまわれた、いわば集団催眠にかかったように。犯人はその盲点を巧みに突いたのですよ。メールが届いたのはその直後でした」

亀乃進男爵:
「ばってんありゃあ俺も確かめてみたが、ただのヒイラギの斑入りやったばい」

数珠丸探偵:
「皆さんが見間違えたのも無理はありません、本職の私も初めは騙されたのですから。確かにあの木はヒイラギとしか見えなかった、でも真相は違っていたのです。おわかりになりませんか、ツル代さん」

(ツル代、フランス窓から走り出てバルコニーの鉢をつぶさに調べる、やがて驚愕)

ああ、これは・・・!!

ツル代:
「ああ、これは・・・違う、違うわ・・・・・・これは、イングリッシュ・ホーリー!!!!」

数珠丸探偵:
「そうです、そのとおり。この木は黒い実のなるモクセイ科のヒイラギではなくて、赤い実をつけるモチノキ科のセイヨウヒイラギだったのですよ」

ツル代:
「わたくしの・・・罪でしたのね・・・・・・ああ!」

亀乃進男爵:
「泣かんでよか、ツル代しゃん。誰でん間違いはあるくさ」

ツル代:
「いいえ、いいえ伯父さま、そうではないの。あの時・・・わたくし、あれが父からの贈り物ではないか、いいえそうであってほしい、そうに違いないと思い込んでしまったのです。七年前に失踪したわたくしの実の父、棘林柊麻呂からの」

数珠丸探偵:
「だからこの木もヒイラギに違いないと貴女は思われた」

ツル代:
「ええ、わたくし、お父さま恋しさのあまりとんでもない過ちを犯してしまった・・・」

数珠丸探偵:
「貴女は本当のお父さま、棘林伯爵が今も生きておられると信じていらっしゃるのですね」

亀乃進男爵:
「妹の百々千世が親の決めた縁談で玉之裏の家に嫁いた時にゃあ、もう幼馴染みの柊麻呂しゃんの子供ば身籠っとった。それがツル代しゃん、あんたたい。あんたば産んでから産後の肥立ちが悪うてとうとう亡うなってしもうたが・・・
ばってんが金田一しぇんしぇい、あれがヒイラギじゃなかてどげんして気がつきんしゃったとですか」

数珠丸探偵:
「初めに妙だと思ったのは、いくら若木とは言え、この時季に一つも蕾をつけていなかったことです。モクセイ科のヒイラギなら秋遅くから冬の初めにかけて花を咲かせますからね。これが姿の似ているモチノキ科のヒイラギモチ、またの名をシナヒイラギやセイヨウヒイラギと呼ばれる植物ならば、花の咲くのは初夏ですから今蕾がなくてもおかしくない」

亀乃進男爵:
「ばってん金田一先生、シナヒイラギいうたらちぃと葉っぱの形が違うとりまっしょうが」

数珠丸探偵:
「そげんです、ああいや、そうなのです。シナヒイラギつまりChinese Hollyならば葉の棘が少ないからすぐに見分けがつく。けれどもEnglish Hollyにはヒイラギと見分けがつかないほどよく似た葉を持つものがあるのですよ。狡猾な犯人はそこまで計算に入れていたのです」

亀乃進男爵:
「ほー、とつけむなか。ふてぇがってぇどうじゃろかい」

ツル代:
「わたくし今気づいたのですけれど、他にも違うところがありますわ。ヒイラギの葉なら対生のはずなのに、この木は互生になっていましてよ。モチノキも確かに互生だわ」

互生か、対生か・・・??

亀乃進男爵:
「ツル代しゃん、あんたよう気のついたなあ」

ツル代:
「だって伯父さま、博多のお屋敷にヒイラギもクロガネモチもあるのですもの、それは剪定のたびに気がついてました。だのにわたくしあの時はすっかりとりのぼせてしまって、ちっとも気が回らなくて。恥ずかしいわ」

数珠丸探偵:
「いやいやそれも貴女の日頃の精進の賜物ですよ、ツル代さん。
でもよかったですね、お父さまのヒイラギだけではない、貴女のお母さまの名前の中にも「モチ」という言葉が入っているではありませんか」

ツル代:
「ええっ!?・・・玉之裏百々千世・・・まあ!!」

数珠丸探偵:
「全くもって、不思議な巡り合わせでした」

ツル代:
「金田一先生、亀乃進伯父さま、わたくしこの木を心を込めて育てますわ、お父さまともお母さまとも思って。いつの日か輝く赤い実をつけるまで、冬もお部屋の中に取り込んで」

亀乃進男爵:
「おうツル代しゃん、そいがよかよか。ばってんあんたも草木ばっかし面倒見よらんと、よか人見つけにゃ行き遅るるばい、ガハハハ」

ツル代:
「まあ、いやな伯父さま!」

(一同の笑い声、空中庭園に響き渡る)

−大団円−
----------

2011年10月30日 (日)

嬉しいことー、その後。(最終回)

数珠丸探偵:
「・・・おわかりになりませんか、ツル代さん」

(ツル代、フランス窓から走り出てバルコニーの鉢をつぶさに調べる、やがて驚愕)

ああ、これは・・・!!

ツル代:
「ああ、これは・・・違う、違うわ・・・・・・これは、イングリッシュ・ホーリー!!!!」

数珠丸探偵:
「そうです、そのとおり。この木は黒い実のなるモクセイ科のヒイラギではなくて、赤い実をつけるモチノキ科のセイヨウヒイラギだったのですよ。泰西名画のクリスマスの場面に必ず描き込まれているあれです」

ツル代:
「わたくしの・・・罪でしたのね・・・・・・ああ!」

亀乃進男爵:
「泣かんでよか、ツル代しゃん。誰でん間違いはあるくさ」

ツル代:
「いいえ、いいえ伯父さま、そうではないの。あの降霊会の晩、月並斎さまの水占いでこの家に近々大きな星が舞い降りるという御託宣が降りた時から、わたくし、もしや父のことで何か報せがあるのではないかなどと考えていたのですわ。夜もあまり眠れなくて、明け方から空中庭園を歩き回っていましたの。
ですからあの子供が箱包を持ってきた時も、ああ御託宣の意味はこれだったのかと思ったのです。もちろん、どんな人に頼まれたのかその子を問い詰めてみましたけれど、よくわからない、痩せて背の高い上州訛りのある紳士だったと言うばかりで。父も酔った時には上州弁の春歌など放吟していたそうですし」

月並斎:
「アレはほんにエグかったでおじゃるの」

ツル代:
「あの箱には差出人の名前は何も書かれていませんでした。でも・・・やはりわたくし、あれが父からの贈り物ではないか、いいえそうであってほしい、そうに違いないと思い込んでしまったのです。わたくしの実の父、棘林柊麻呂からの」

亀乃進男爵:
「なんて、ツル代しゃん、そやけんあんたこの木がヒイラギち思うたて言うとね」

ツル代:
「ごめんなさい、伯父さま。わたくし、お父さま恋しさのあまりとんでもない過ちを犯してしまった・・・」

数珠丸探偵:
「貴女の本当の父上、棘林柊麻呂伯爵は七年前にシャムの密林で失踪されたままだ。貴女はお父さまが今も生きておられると信じていらっしゃるのですね」

亀乃進男爵:
「俺ぁ柊麻呂しゃんとは幼馴染みの大親友やった。ひいしゃん、かめしゃんて呼び合うてから。妹の百々千世もあいつに惚れとったとやが、親の決めた縁談で玉之裏の家に嫁いでしもうたとよ。ばってんそん時にゃもうツル代しゃん、あんたば身籠っとった。あんたば産んでから産後の肥立ちが悪うてとうとう亡うなってしもうたが。柊麻呂しゃんとの仲を引き裂かれてしもうたこつもいかんやったろう」

ツル代:
「そのあと亀乃進伯父さまに引き取っていただいて、今日まで実の娘同様に育てていただいたのに・・・」

亀乃進男爵:
「うんにゃあ、あんただんだん柊麻呂しゃんに面差しが似てきよる、血は争えんもんばい。
ばってんが金田一しぇんしぇい、あれがヒイラギじゃなかてどげんして気がつきんしゃったとですか」

数珠丸探偵:
「初めに妙だと思ったのは、いくら若木とは言え、この時季に一つも蕾をつけていなかったことです。モクセイ科のヒイラギなら秋遅くから冬の初めにかけて花を咲かせますからね。これが姿の似ているモチノキ科のヒイラギモチ、またの名をシナヒイラギやセイヨウヒイラギと呼ばれる植物ならば、花の咲くのは初夏ですから今蕾がなくてもおかしくない」

亀乃進男爵:
「ばってん金田一先生、シナヒイラギいうたらちぃと葉っぱの形が違うとりまっしょうが」

数珠丸探偵:
「そげんです、ああいや、そうなのです。シナヒイラギつまりChinese Hollyならば葉の棘が少ないからすぐに見分けがつく。けれどもEnglish Hollyにはヒイラギと見分けがつかないほどよく似た葉を持つものがあるのですよ。狡猾な犯人はそこまで計算に入れていたのです」

亀乃進男爵:
「ほー、とつけむなか。ふてぇがってぇどうじゃろかい」

ツル代:
「わたくし今気づいたのですけれど、他にも違うところがありますわ。ヒイラギの葉なら対生のはずなのに、この木は互生になっていましてよ。モチノキも確かに互生だわ」

互生か、対生か・・・??

亀乃進男爵:
「ツル代しゃん、あんたよう気のついたなあ」

ツル代:
「だって伯父さま、博多のお屋敷にヒイラギもクロガネモチもあるのですもの、それは剪定のたびに気がついてました。だのにわたくしあの時はすっかりとりのぼせてしまって、ちっとも気が回らなくて。恥ずかしいわ」

数珠丸探偵:
「いやいやそれも貴女の日頃の精進の賜物ですよ、ツル代さん」

世界坊和尚:
「じゃが金田一さん、儂にはまだわからんことがある。犯人はなぜこんな真似を」

数珠丸探偵:
「そこなのです。薮椿男爵、あなたは南方のコレクションの中に珍しい三尺芭蕉の木をお持ちですね」

亀乃進男爵:
「おう、あん太か木ですか。ありゃあ俺が南洋貿易で儲けた時にシャムの王さんから拝領したよかバナナですタイ」

数珠丸探偵:
「思うに犯人はこの門外不出の珍宝を狙っていたのではないかと」

世界坊和尚:
「金田一さん、そりゃ一体どういうことじゃな」

紅緒:
「あァら、そんなの簡単よ。この空中庭園もそんなに広くはないんだし、新しい鉢植えがたくさん入ってくればどれか他のを手放さなきゃなんないでしょ?そうなりゃ図体の大きいバナナなんて真っ先にお払い箱だわよ。まさに犯人の思う壺ってわけね」

数珠丸探偵:
「ご明答です。大洪水でいまやタイ国からのバナナの輸入も止まったままですし」

世界坊和尚:
「何とまあ手の込んだというか、馬鹿馬鹿しいというか、いやはや南無三千大世界」

数珠丸探偵:
「ここは一つ株を殖やしてオークションで売って酒代にでもしてやろうかい、などと考えたのかもしれません」

葵:
「ツル代お姉ちゃん、この木は結局」
菫:
「モチノキの仲間なのでしょ」

ツル代:
「ええ、そうなのよ」

葵:
「だったらよかったじゃない」
菫:
「ツル代お姉ちゃんのお母さんの名前に」
葵・菫:
「モチって言葉も入ってるわ」

ツル代:
「ええっ!?・・・玉之裏百々千世・・・まあ!!」

葵・菫:
「ほうらね、うふふふ」

ツル代:
「金田一先生、亀乃進伯父さま、わたくしこの木を心を込めて育てますわ、お父さまともお母さまとも思って。いつの日か輝く赤い実をつけるまで、冬もお部屋の中に取り込んで」

亀乃進男爵:
「おうツル代しゃん、そいがよかよか。ばってんあんたも草木ばっかし面倒見よらんと、よか人見つけにゃ行き遅るるばい、ガハハハ」

ツル代:
「まあ、いやな伯父さま!」

(一同の笑い声、空中庭園に響き渡る)

−大団円−
----------

ああ、ツルってヒマ人・・・(自爆)てか、これで正解外してたら超ハズいっす、つうよりただのバカっすね(*_*)

ちなみに、You-tubeで;
映画「犬神家の一族」サントラのメインテーマ「愛のバラード」by大野雄二(できれば1976年版ね)、
あるいはTVの「横溝正史シリーズ」の主題歌「まぼろしの人」by茶木みやこ(予告編映像つき!京マチ子の表情がエロい!)
を視聴してからお読みいただくと、雰囲気が出ますです。

嬉しいことー、その後。

ところが!である。
早速じゅず丸氏のブログにお礼の書き込みをしたところ、大層意外なレスが返ってきました。

-----
ヒイラギの件です。これだけは、さすがのツル様も見抜けなかったようです(笑)今あえて答えるのはやめておきましょう(プチS)
-----

おろ?ヒイラギにどげな恐ろしか裏技が隠されとうっていうとかいな。(通訳必要ですか?)

謎を呼ぶ斑入りヒイラギ

ヒイラギ・・・ヒイラギ・・・じつは真っ赤に紅葉するとか(なんぼなんでもそりゃあり得んか)、花の香りがモクセイ以上に高いとか(でもヒイラギモクセイぢゃないし)、芽出しが黄金色だとか(そりゃまあありかな)、実の色が黒じゃなくて赤だとか(そりゃヒイラギちゅうよりホーリーやろが)・・・・・・・・・はっ!そうかっ!!そげなこつやったとかっ!!!!

!! た け 解 て 全 は 謎 !!

探偵小説のクライマックス風にいうと次のような具合でせうか。

----------
(薮椿邸、秋色深まる空中庭園@下丸子を臨む応接室にて)

金田一数珠丸探偵:
「・・・あの深夜の降霊会の翌朝、何者かから届けられた小包の中にあの木は入っていた。そうですねツル代さん」

玉之裏ツル代:
「ええ、わたくし、少し考え事をしながら空中庭園を散歩していましたら、婆やがお勝手で何やら騒いでまして」

お種:
「いえね、なにぶんあたしも寄る年波で朝が早うござんしょ。そのあたしがまだ目も開ききらないような時分に呼び鈴が鳴りましてサ。こんな早くに誰じゃやらと思うて出てみれば、ひどく身なりの粗末な子供が立ってましてたんで。ああいった手合いも近ごろはhomelessとやら呼ばなければ政治的に不適切なんたら申すのでござんしょう?またぞろ物乞いかと思って追い返そうとしましたら、そうじゃない、この箱包を届けるようにことづかったと、こう言うじゃござんせんか。冗談じゃないそんなものは受け取れぬ、いいやこのお屋敷のお嬢さんに必ず渡してくれと頼まれたんだと押し問答になったところにツル代さまが」

ツル代:
「わたくし、少し思うところもあって婆やをなだめて受け取ったのです。それで皆の前で開けることにしましたの、朝のお茶の時に。そしたらあの鉢植えが」

数珠丸探偵:
「そうして、食堂にお集まりだった方々は、その木をヒイラギだと皆さん信じ込まれた。しかし、そこに犯人の巧妙な心理トリックが隠されていたのです」

ツル代:
「ええっ金田一先生、でもあれは間違いなく斑入りヒイラギだったはずですわ。犯人からのメールにも確かに『ヒイラギの件』と・・・」

数珠丸探偵:
「いいえ、そうではないのですよ。思い出して下さい皆さん、初めにあれがヒイラギだと言い出したのはどなただったでしょう?」

薮椿亀乃進男爵:
「そう言やぁ・・・ありゃああんた、ツル代しゃんやったばい」

数珠丸探偵:
「そうなのです。箱の中には六つの鉢植えが入っていました。植物の好きな貴女は素敵な贈り物だわと喜んで、一鉢ずつ取り出していかれた。まず、貴女と同じ名前を持つ薮椿の銘花『玉之浦』」

ツル代:
「そうです、あれこそわたくしが長いこと探し求めていた椿でした」

数珠丸探偵:
「そして貴女はすぐに、この贈り物がそれぞれ一族ゆかりの方に宛てられたものであることに気づかれた。
二つ目は白一重の雪椿、『夕月』です。これは京都にある薮椿家のご本家、宇多野小路月並斎さんに因むものでしょう」

月並斎:
「金田一はん、あての名前に入っているのは「月」だけではおじゃりませぬか」

数珠丸探偵:
「いいえ、お名前の中の「多」の字を崩せば「夕」の字になるのですよ」

月並斎:
「あれまあ、考えたものでおじゃるのう、ほほほほほ」

数珠丸探偵:
「次の『金世界』は薮椿家の恩人、雪椿山金鶴寺の世界坊和尚になぞらえた黄斑入りの錦葉椿ですね」

世界坊和尚:
「恩人とはおこがましい限りじゃが、うちは薮椿家の菩提寺じゃからな」

亀乃進男爵:
「うんにゃあ和尚、うちのもんは和尚には足向けて寝られんとですけん。兄貴の萬之丞が出家するて言い出した時もえろう世話焼いてもろうてから」

数珠丸探偵:
「得度して扶桑院幸萬法師と名乗ったあなたのお兄さん萬之丞さんは、二人のお孫さんを遺された。双生児の姉妹、扶桑院葵さんと菫さんです。ハイビスカスすなわち仏桑華とも槿とも判らぬ四つ目の鉢植えはもちろん、お二方のためのものでしょう」

葵:
「あたしたちは二人で」
菫:
「一つもらっただけなのに」
葵:
「ツル代お姉ちゃんは」
菫:
「一人で一つだなんて」
葵・菫:
「ずるぅぅい〜」

ツル代:
「あらあら、わたくしがいくらでも挿し木で殖やしてあげますわ」

数珠丸探偵:
「五つ目の百日紅は薮椿男爵の身の回りの世話をしておられる猿尾ヶ瀬紅緒さんに宛てたものです」

紅緒:
「あら金田一さん、はっきり言っちゃってよ、薮椿男爵の愛人なんだって。どうせあたし花や草なんかてんで興味ないし。そりゃあプレゼントもらうのは嬉しいけど、帝金堂のルビィの指環の方がよかったわ。ねえ聞いてる?旦那様ぁ」

亀乃進男爵:
「ちょっ、こげんかとこでやめとかんかい紅緒」

数珠丸探偵:
「ツル代さんはそうやって順に声に出していかれた。そして最後に、まあなんてきれいな斑入りの柊かしらと言ってあの木を取り出されたのです。いつも庭仕事に精を出しておられる貴女のツルの一声で、居合わせた一族の方は皆あれがヒイラギだと信じてしまわれた、いわば集団催眠にかかったように。犯人はその盲点を巧みに突いたのですよ。メールが届いたのはその直後でした」

亀乃進男爵:
「ばってんありゃあ俺も確かめてみたが、ただのヒイラギの斑入りやったばい」

数珠丸探偵:
「皆さんが見間違えたのも無理ありません、本職の私も初めは騙されたのですから。確かにあの木はヒイラギとしか見えなかった、でも真相は違っていたのです。おわかりになりませんか、ツル代さん」

(ツル代、フランス窓から走り出てバルコニーの鉢をつぶさに調べる、やがて驚愕)

ああ、これは・・・!!

〜〜次回に続く〜〜

2011年4月11日 (月)

似て非なるもの − 上新粉 vs 白玉粉 vs 道明寺粉

桜餅の季節であります。

桜?花見?どんどんおやんなさい。ツルは桜より梅が好きですがね(^_^;)
みんな、話したいことがいろいろと心の中に溜まってきてるのじゃないかな。そんなことどもを語り合うのも大事でしょ、この時期。そう言えば明日は会社の宴会だ、花見じゃないけど。


「桜餅が関東と関西では違う」ってよくいうけど、それって具体的にはどう違うのか、いつも心にひっかかってたのだ。だって、お米のつぶつぶ感のあるガワの中に餡が入ってる、お団子タイプばかり見る気がするもん。

そして、この「つぶつぶ感」が「道明寺粉」なのは知ってたけど、他にも「上新粉」とか「白玉粉」とかあるじゃん、どう違うの?原料とか用途とか。そうだ、「寒梅粉」というのも聞いたことあるな。

調べてみると、なかなかに奥が深うございました・・・


まず、「つぶつぶ団子」タイプの桜餅は関西型/上方風。使われているのはやっぱり道明寺粉。
対して関東型/江戸前の桜餅は、小麦粉をクレープ状に焼いて餡の周りに巻いたもの。売り出された隅田川畔のお寺の名を取って、「長命寺」の名でも呼ばれるのだとか。
米vs小麦、包むvs巻く、道明寺vs長命寺、なわけですね。
道明寺タイプは東京でもよく見かける気がするけどね。というより、そっちの方が今や全国的に優勢らしい。春の和菓子分布図も西高東低のようで。


で、各種の「粉」はどうなのか。白い粉の恐怖、ならぬ白い粉の蘊蓄のお勉強。

まず、「上新粉」、関西では「上用粉」、から。これはうるち米でできている。
精白したうるち米を洗って乾燥させた後、少量の水を加えて製粉したもの。
うるち米の粉を「新粉」(関西では「米粉」)と呼んで団子などに用い、このうち粒子を細かく仕上げたものを上新粉or上用粉と呼ぶわけ。
「新」の字はもともと、米偏に「參」と書くらしい。多分、うるち米の粉を指す漢字なんでしょう。

うるち米を製粉後、乾燥せずに仕上げた生粉状態のものもあって、それが「かるかん粉」。日保ちしないけど(粉なのに(+_+))米の風味が生きている、のだとか。かるかん饅頭はこれを使っているのでしょう。

次に、白玉粉。これはもち米由来。
もち米を水洗後、石臼で水挽きし、沈殿したものを乾燥させたもの。寒中に水を換えながら10日ほど晒すので別名「寒晒し粉」。
外見が粉状ではなく賽の目状であることも特徴です。

もち米を水洗後、粉に挽いたものを「もち粉」と呼び、白玉粉もその一種と言えるわけだけど、沈殿&晒しの手間をかけた分上等品とされ、つるりとした食感が身上。
白玉団子や求肥/ぎゅうひなどの和菓子に用いられる。
一方、うるち米の粉を混ぜた安物の白玉粉なんてのもあるらしい。

ここまでは非加熱の粉。

次に、「道明寺粉」。これももち米だけど、製造工程がだいぶ違う。
水に浸してから蒸したもち米を粗く挽いたもので、粒子の大きさには何種類かあるらしい。
干し飯の一種とも言え、大阪府藤井寺市の尼寺、道明寺で保存食として作られたのが起源とされる。
主な用途はおはぎや(関西型)桜餅。

細かく製粉されたものは「微塵粉」or「味甚粉」と言うらしい。これももちろんもち米。
で、これを煎り上げたものが「落雁粉」。

それから、「寒梅粉」。
これは、もち米を水洗いした後、蒸し、撞いて餅にし、色がつかないように焼き上げ、粉末にしたもので(どんだけ手間隙かけとんねん!)、「焼き微塵粉」とも呼ばれるそうな。ああ、混乱してきた・・・
で、打ち菓子(落雁とか)、豆菓子などに使用される。
寒梅粉の名前は、梅花咲く頃に米を粉にするところから。


うるち米かもち米かって程度しか頭になかったんだけど、水晒しやら加熱工程の有無なんて問題もあるとは!

言い換えると、β型澱粉、すなわち加熱を経ない生粉というべきものが、上新粉、もち粉、白玉粉。
α型澱粉、すなわち加熱されて澱粉質が糊化したものが、道明寺粉、微塵粉、寒梅粉。
α型はそのまま食せるのに対し、β型は加熱しなければ食することはできない。
うるち米のα化(加熱済み)タイプの粉、なんてのはないのかな。
カップ入りのリゾットなんかも「α化でんぷん食品」とかなんとか書いてありますね。

いやあ、いろいろあるものですねえ。日本ってやっぱりお米の国なんやねえ。

え?浮き粉?小麦粉?片栗粉?それはまたいずれ気の向いた時に・・・wink

2010年11月13日 (土)

似て非なるもの − シシャモ vs カラフトシシャモ

-----
本物のシシャモはわずかに北海道で獲れるのみでほとんど市場には出てこない。でもこちらの方がほんとは食味佳良なりとか。
-----

本当に驚いた。シシャモのことを書き上げたばかりのまさに昨夜、送られてきたんです、実物が。もちろんほんとのシシャモの方!全くの偶然、なんという符合。

送って下さったのは札幌在住の女性歯科医M・Hさん、愛称ふくろう先生の母上。ツルがこの春先に中国内モンゴルの砂漠緑化ツアーでご一緒した方。

話は15年前まで遡ります・・・
1995年夏、ツルは初めて緑化ツアーに参加した。その時同じツアーメンバーだった女性、N・Kさんがその後青年海外協力隊に入りミクロネシアのコスラエ島に赴任。
ツルがダイビングを兼ねてコスラエを訪ねた時、初ダイブでたまたまバディを組んで一緒に潜ったのが、同じく協力隊員として滞在していたふくろう先生。
彼女たちの帰国後も交流は続き、<下丸子の宴>にも参加してもらったりしているというわけ。今はそれぞれハワイと札幌に住んでらっしゃいます。
で、この春にツルは何度目かの内モンゴル行きを計画してたんですが、これまた偶然、札幌のふくろう先生と連絡を取った際、ひょんなことから彼女のお母さんと甥っ子さんが同じツアーに参加することになった次第。大変楽しい時を過ごさせていただきました。
で、例によって砂漠の砂を密かに持ち帰ったツルは、都内の砂時計職人さんに作らせた砂時計を母上にお送りし、そのお礼として北海道の珍味が届いた次第(やれやれやっと行き着いた)。
思えばつくづく不思議なご縁ですなあ。

届いたのは、ししゃもの目刺と、衣をつけたフライ用の2種類heartあとは焼いたり揚げたりするばかり。

お店のチラシが入っていて、これがなかなかシシャモ愛に満ち溢れている。曰く;

『世界で唯一、北海道太平洋沿岸の一部でしか獲れない稀少品。幻の魚「本物のししゃも」を是非ご賞味下さい。』

『本ししゃもの漁期は1年間のうちで10月〜11月半ばくらいまでです。この期間中は、ししゃもの魚体が刻々と変化して、毎回同じ具合の魚はありません。
漁が初期の頃の魚体は白っぽい色で、卵は少ないですが身に脂がのっています。漁が後半に入ると色が濃くなってきて赤みをおび、オスには黒い模様が入るようになります。メスは卵をたくさん抱いていますが、脂はぬけてさっぱりとした味わいとなります。』

『メス 子持ちししゃも
川にのぼる直前の旬のししゃもは、卵が大きくなり、子持ちししゃもとして珍重されています。

オス
身に脂ののったオスは、メスとはひと味違ったコクのある美味しさです。』

『柳葉魚の季節には、商店の軒先に目刺しにした何十連もの柳葉魚すだれが寒風に揺れています。これが、秋から冬にかけてのむかわ町の風物詩「柳葉魚のすだれ干し」です。』

『かつてアイヌの人々に「神がくれた魚」として尊ばれた柳葉魚は、平成7年7月にむかわ町の町魚に制定されました。』

『こちらの代用品は当店では一切取り扱っておりません。

ししゃも代用品
英名:カペリン(Capelin)
和名:カラフトししゃも
ノルウェー、アイスランド、カナダ北東岸などに分布している。青、銀色をおびて川に遡らないキュウリウオ科の魚。脂肪っ気がなく、柔らかな口当たりと香りがない。』

ついつい長くなりましたが、どうよ。熱いではないか!!もう付け加えることはなんにもありませんって感じ、うははは。

シシャモを柳葉魚と書くのは、アイヌ伝説に曰く、飢饉の際人々の祈りに応じて梟の女神が柳の葉を鵡川に流したところ、葉っぱはシシャモに変じて民を飢えから救ったのだと。「スス」=柳、「ハム」=葉から「シシャモ」になったんだとか。

アレ?似たような話、どこかで聞いたことがあるぞ。
九州のエツだ。30cmほどにもなるカタクチイワシ科の魚。普段は有明海に住み、初夏に産卵のため筑後川を遡上するところを漁獲する、ってなんだかこれまたシロウオやシラウオやシシャモと似てるじゃん。

こちらの伝説では、筑後川の渡しでみすぼらしい旅の僧侶が船頭への礼として葦の葉を流したところエツに変じたとなっており、僧侶は実は弘法大師空海だったとの謂われである。

実はエツにはもう一つ、徐福伝説にまつわるものもあるんです。秦の始皇帝の命により不老不死の霊薬を探しに来た方士徐福が、筑後川の川岸に上陸した際に生い茂る葦を掻き払ったところ、葉の片側が水面に落ちてこの魚になったというもの。
このお話は念が入っていて、以来この地に生える葦は「片葉の葦」となったと。
筑後川は下流で福岡県と佐賀県をまたいで流れているのだけれど、徐福バージョンはどうやら佐賀側に伝わっている様子。佐賀県って徐福伝説多いんです。
 
 
さあ、せっかくのtrueししゃも、明日おいしくいただきましょう。

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